日本人留学生射殺事件(にほんじんりゅうがくせいしゃさつじけん)とは、1992年にアメリカ合衆国で日本人留学生、服部剛丈が射殺された事件である。この事件でアメリカ合衆国の銃社会の実情が浮き彫りになり、その悲劇を乗り越えていこうとする各種の取り組みがなされた。
この後行われた、遺族が起こした損害賠償を求める民事裁判では、刑事裁判とは正反対の結果となった。ピアーズが家に何丁も銃を持つガンマニアであり、しばしば近所の野良犬や自宅敷地内に入ってきた犬猫を射殺しており、当日は酒に酔っていたことなどが実証されたため、正当防衛であると認められないとして65万3000ドル(およそ7000万円)を支払うよう命令する判決が出され、同州高等裁も控訴を棄却したため確定した。ただし、ピアーズは自己破産をしたため免責となり、支払いはなされていない。
服部の両親はエイ・エフ・エスと友人たちの協力で「アメリカの家庭からの銃の撤去を求める請願書」に署名を求める活動を開始、1年余で170万人分を超える署名を集めた。1993年11月、当時のアメリカ大統領、ビル・クリントンに署名を届けるために面会した。服部夫妻がワシントンD.C.に滞在していた間に、アメリカにおける銃規制の重要法案であったブレイディ法が可決された。
また、銃社会であるアメリカに固有の文化に対する干渉への心情的な反発にも配慮する必要がある。すなわちこれが高じれば被批判者よりエスノセントリズムに立った文化批判と受け取られかねなく、慎重な対応が求められる。実際、上述の服部夫妻による銃規制運動もアメリカ国内では賛否両論があった。しかしながら、困難を極めたブレイディ法の成立に服部夫妻の運動が影響したことは当時の一般的な見解であった。
{{DEFAULTSORT:にほんしんりゆうかくせいしやさつしけん}} Category:アメリカ合衆国の殺人事件 Category:銃社会と規制 Category:1992年のアメリカ合衆国
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