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ドイツ

{{redirect|ドイツ連邦共和国|1949年から1990年までのドイツ連邦共和国|西ドイツ}}
{{基礎情報 国
|略名 = ドイツ
|日本語国名 = ドイツ連邦共和国
|公式国名 = {{lang|de|Bundesrepublik Deutschland}}
|国旗画像 = Flag of Germany.svg
|国章画像 = File:Coat of Arms of Germany.svg
|国章リンク = (ドイツの国章)
|標語 = {{lang|de|Einigkeit und Recht und Freiheit}}
(ドイツ語: 統一と正義と自由)
|国歌 = ドイツの歌
|位置画像 = EU-Germany.svg
|公用語 = ドイツ語デンマーク語、ソルブ語は公認され、少数言語として保護されている。低ザクセン語は欧州連合により保護されている。
|首都 = ベルリン
|最大都市 = ベルリン
|元首等肩書 = 連邦大統領 (ドイツ)
|元首等氏名 = クリスティアン・ヴルフ
|首相等肩書 = 連邦首相 (ドイツ)
|首相等氏名 = アンゲラ・メルケル
|面積順位 = 61
|面積大きさ = 1 E11
|面積値 = 357,021
|水面積率 = 2.2%
|人口統計年 = 2010
|人口順位 = 16
|人口大きさ = 1 E7
|人口値 = 81,750,000
|人口密度値 = 231
|GDP統計年元 = 2008
|GDP値元 = 2兆4,920億IMF Data and Statistics(2009年4月27日閲覧)
|GDP統計年MER = 2008
|GDP順位MER = 3
|GDP値MER = 3兆6,675億
|GDP統計年 = 2008
|GDP順位 = 5
|GDP値 = 2兆9,104億
|GDP/人 = 35,441
|建国形態 = 形成
ドイツ統一(ドイツ帝国)
連邦共和国成立
ドイツ再統一
|建国年月日 = 843年
1871年
1949年5月23日
1990年10月3日
|通貨 = ユーロ (€)
|通貨コード = EUR
|通貨追記 = 1999年以前はドイツマルクを使用。ドイツのユーロ硬貨も参照。
|時間帯 = +1
|夏時間 = +2
|ISO 3166-1 = DE / DEU
|ccTLD = .de
|国際電話番号 = 49
|注記 =
}}

ドイツ連邦共和国(ドイツれんぽうきょうわこく、{{lang-de|Bundesrepublik Deutschland}})、通称ドイツは、ヨーロッパ中部に位置する連邦共和制国家である。首都はベルリン。北はデンマーク、東はポーランド、チェコ、南はオーストリア、スイス、西はフランス、ルクセンブルク、ベルギー、オランダと国境を接する。また、北部は、北西側が北海、北東側はバルト海に面する。

領域は1990年のドイツ再統一によって、ドイツ民主共和国(旧東ドイツ)を構成していた15県および東ベルリンが6州として西ドイツに編入されて、現在の16州となった。2008年まで6年連続で世界最大を誇った輸出額は中華人民共和国に抜かれたものの、なお世界一の工業製品輸出国であり、アメリカ合衆国、日本、中華人民共和国に次いで世界第4位(為替レート換算値による)の国内総生産を誇る経済大国である。世界の先進7ヶ国(G7)の一つ。フランスと並ぶ欧州連合 (EU) の中核国である。

国名


ドイツ語での正式名称は、{{lang|de|Bundesrepublik Deutschland}} (ブンデスレプブリーク・ドイチュラント)。通称は、{{lang|de|Deutschland}}。略称は、BRD(ベーエルデー)。{{lang|de|Bund}}は「連邦」の意、{{lang|de|Republik}}は「共和国」の意である。{{lang|de|Deutsch}}の原義は「民衆、大衆」という意味で、フランク王国時代にラテン語系の言語ではなく、ゲルマン語系の語を用いるゲルマン人系一般大衆をこう呼んだことに由来する。

公式の英語表記は{{lang|en|Federal Republic of Germany}}。通称はGermany。略称はFRG。Germanyは民族名の「ゲルマン」から来ている。
日本語表記はドイツ連邦共和国。通称はドイツ独逸獨乙などと表記され、(獨)と略される。中国語では徳意志徳国となる。「ドイツ」は原語(ドイチュラント)、若しくはオランダ語の「Duits」が起源だといわれている。
フランスやスペイン、ポルトガルではそれぞれアルマーニュ(Allemagne)、アレマニア(Alemania)、アレマーニャ(Alemanha)と呼ばれるが、これはゲルマン人の一派であるアレマン人に由来する。

歴史


{{main|ドイツの歴史}}
{{ドイツの歴史}}

現在のドイツを含む西ヨーロッパ地域に人類が居住を始めたのは石器などが発見された地層から約70万年前と考えられている。60万年から55万年前の地層ではハイデルベルク原人の化石が、4万年前の地層ではネアンデルタール人の化石が確認されている。新人は約35000年前から現れ、紀元前4000年頃の巨石文明を経て紀元前1800年頃までに青銅器文明に移行している。紀元前1000年頃にはケルト系民族によってドナウ川流域にハルシュタット文明と呼ばれる鉄器文明が栄えた。

紀元前58年から51年までのガイウス・ユリウス・カエサルのガリア遠征などを経てゲルマン人は傭兵や農民としてローマ帝国に溶け込んで行き、紀元後375年には西ゴート族の移動を初めとする大移動によって現在のヨーロッパに定着する。西ローマ帝国の滅亡後、ケルト系民族を北方に追いやったゲルマン人は各地に王国を建てたが、フランク王国が統一した。843年のヴェルダン条約によって三分割されたうちの1つである東フランク王国が現在のドイツの原型となった。

東フランク王国の国王オットー1世 (神聖ローマ皇帝)(ザクセン公国)は962年アウグストゥス (称号)(古代ローマ帝国皇帝の称号)を得て、いわゆる神聖ローマ帝国と呼ばれるゆるやかな連合体を形成した。しかし中世におけるドイツには国家としての統一や民族意識はほとんどなく、各地に領邦国家が分立した歴史は現在に続く連邦主義の基盤となっている。各領邦は近隣諸国に比べて弱体で、また宗教改革では新旧両教に分かれて互いに争ったため三十年戦争ではドイツのほとんど全土が徹底的に破壊された。1600万人いたドイツの人口が戦火によって600万人に減少したと言われる。それまで国名にドイツが冠されていなかったが、15世紀からは「ドイツ国民の神聖ローマ帝国(Heiliges Römisches Reich Deutscher Nation」と称し、対ドイツ搾取的な教皇サイドからの自立の姿勢を示した。1667年にザミュエル・フォン・プーフェンドルフ (:de:Samuel von Pufendorf) が著した書ドイツ帝国憲法について (Über die Verfassung des deutschen Reiches) において初めて、ドイツ帝国という呼称が確定できる。

西南部のシュヴァーベン地方のホーエンツォレルン城一帯出身の東北部のプロイセン領邦君主ホーエンツォレルン家は17世紀半ばから勢力を拡大し、1701年にはプロイセン王国を形成した。ドイツ人はナポレオン・ボナパルトによる侵略を経て民族意識と統一国家への志向を強め、19世紀前半にはプロイセンに主導的な役割を期待する機運が高まった。1806年まで神聖ローマ皇帝位を世襲していたオーストリア(その後はドイツ連邦議長国)は、ハンガリーやチェコなど非ドイツ人地域を多く領有するため、「大ドイツ主義」派(オーストリアから非ドイツ人地域を分離させたうえで統一ドイツの中心とする)にも与することができなかった。「小ドイツ主義」派のホーエンツォレルン家とオーストリアのハプスブルク家はドイツ統一の役割を争ったが、1871年、プロイセン国王ヴィルヘルム1世 (ドイツ皇帝)の戴冠によってドイツは、ドイツ系オーストリアを除く、小ドイツとしてのドイツ国(ドイツ帝国)として統一され、ベルリンを首都とした。

1918年、第一次世界大戦の敗北によってドイツは共和制に移行したが、ヴァイマル共和政は小党乱立により政局は不安定で、驚異的なインフレなど経て1931年には、アドルフ・ヒトラーの指導下で極右的民族主義やユダヤ人の排斥、再軍備を唱える国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)が選挙で国民からの支持を受け1933年に政権を握ると、ナチス・ドイツとなり、軍事力の増強や周辺諸国の併合などを行った。1939年9月に緊張関係にあった隣国ポーランドと開戦し、第二次世界大戦が始まった。

1945年、第二次世界大戦に敗北したドイツはオーデル・ナイセ線以東の、東プロイセンやシュレジェン地域を領土として完全に喪失。これにより、戦前の領土の25%を失うこととなった。さらにはアメリカ合衆国、イギリス、フランス、ソビエト連邦の四カ国に分割占領され、1949年、ボンを暫定的な首都とするドイツ連邦共和国西ドイツ)とベルリンの東部地区(東ベルリン)を首都とするドイツ民主共和国(東ドイツ)に分裂した。冷戦の時代を通じて東西ドイツは資本主義と共産主義が対立する最前線となったが、1989年ソビエト連邦のペレストロイカに端を発した東ドイツの民主化運動(東欧革命)をきっかけにベルリンの壁崩壊し、翌1990年、ドイツ再統一を達成し、再びベルリンを首都と定めた。以降、旧東ベルリンを中心とするベルリンの再開発・インフラ整備と、ボンからベルリンへの連邦政府機関移転による実質的な首都機能移転が順次進められ、2001年5月2日にベルリンへの首都機能移転が完了した。

ドイツは現在ではヨーロッパで最大の国家のひとつとなっているが、長期間の分裂を原因とする東西の経済格差がそれまでの順調な成長を妨げている。一方で、歴史的に統一されたドイツが周辺諸国に対して脅威となってきた問題を懸念する見方もあったが、反対に米ソによってドイツが冷戦後の強国の一つになることを容認されたとの分析もある。実際、統一ドイツはフランスと共に欧州連合の中核国として発言力を増し続けている。近年のユーロ危機では、競争力の高いドイツが域内から黒字を吸い上げる一人勝ち構造が批判されるとともに、これまで合理化に耐えてきた国民からは援助支出への不満の声が高まるなど政府は難しい舵取りを迫られている。

政治


{{main|ドイツの政治}}
[[File:Berlin reichstag CP.jpg|thumb|300px|国会議事堂 (ドイツ)。]]
国家元首は、連邦大統領 (ドイツ)で、その権能は儀礼的なものに限られる。任期5年で、ドイツ連邦議会(下院)の全議員と各州議会代表の選挙人とで構成される連邦会議 (ドイツ)において選出される。ドイツ連邦議会の解散権は連邦大統領 (ドイツ)にある。

行政府の長である連邦首相 (ドイツ)は、任期4年で、大統領の提案を受け連邦議会で選出され、下院の信任を必要とする議院内閣制を採用する。内閣の閣僚は、首相の指名に基づき、大統領が任命する。

議会は両院制。国民の直接選挙で選出されるドイツ連邦議会と、上院に相当する州政府の代表の連邦参議院とで構成される。下院は、603議席(ただし小選挙区比例代表併用制の関係で超過議席(:en:Overhang seat)が出るため、選挙のたびに実際の議席数は変わる)で任期4年。上院は、69議席で各州政府が任命する。

軍事


{{main|ドイツ連邦軍}}
ドイツ連邦軍と国境警備隊が国防を担っている他、相互防衛条約に基づき6万強の米軍が駐留している。ドイツは欧州連合及びNATOの主要構成国であり、ロシアなど東方諸国を主たる仮想敵国としてきた。時代の移り変わりとともに、政府は連邦軍の主任務を、従来の国土防衛から「国際紛争への対処」に移行させる方針を発表。内容としては、2010年までに紛争地においてNATO即応部隊などに参加する「介入軍」、平和維持活動にあたる「安定化軍」、両軍の後方支援を担当する「支援軍」の3つに再編成するものである。

また、ドイツでは現在も徴兵制度が有り、健康な満18歳以上の男子には9カ月の兵役義務が課せられている(長男、次男は強制的義務だが、三男からは兵役か奉仕活動か選択することができる)。しかし、基本法によって所定の手続きを経れば良心的兵役拒否が認められ、兵役義務を回避できる。その場合は10-12か月間代替役務として老人介護や障害者支援などの社会奉仕活動に従事することが義務づけられる。兵役拒否者は年々増加しており、近年その数は全体の4割近くにのぼっている。

軍当局は徴兵制を廃止したいと考えており、何度か徴兵制の廃止を政府に提案している。しかし、徴兵制を廃止すると、それまでボランティアとして慈善活動に従事させられた兵役拒否者がいなくなってしまう。それは、つまりは安い費用で賄えた福祉関係者がいなくなってしまうのと同義であり、老人介護などの福祉に多大な経済的負担が発生する懸念から、未だに徴兵制の廃止が実現できていない。

国際関係


{{main|ドイツの国際関係}}

日本との関係


{{main|日独関係}}

1603年-1870年


江戸時代に来日したドイツ人の一人に、徳川綱吉とも会見した博物学者エンゲルベルト・ケンペルがいる。ケンペルが著した浩瀚(こうかん)な『日本誌』は詳細な紀行文にして博物誌であり、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテも愛読したと伝えられる。日本に西洋医学を伝えたフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトもドイツ人であり、江戸幕府が崩壊した後も、日本人は盛んにドイツから医学を学んだ。

直接の外交関係は、1850年代にプロイセン王国の軍艦が品川 (東京都)沖に来航した事に始まり、アメリカ合衆国のマシュー・ペリーのように武力で外交を開こうとした。このため、1911年まで(即ち幕末から明治まで)の日独関係は、不平等条約で結ばれていた。しかし、後述のように文化交流では重要な国となった。更に、歴史的経過を見ると、ドイツ帝国成立(1871年)と明治維新(1868年)が、ほぼ同じ時期に起こった点も大きい。

1871年-1945年


明治維新を経た1870年代から1880年代までの日本では、ドイツ帝国の文化や制度が熱心に学ばれ、近代化の過程に大きな影響を与えた。この為、日本の近代化は「ドイツ的近代化」であるとも言われている。

伊藤博文は、大日本帝国憲法の作成にあたってベルリン大学の憲法学者ルドルフ・フォン・グナイストとウィーン大学のローレンツ・フォン・シュタインに師事し、歴史法学を研究している。当時の帝国大学がヨーロッパから招聘した教員にはドイツ人が多く、明治9年(1876年)にエルヴィン・フォン・ベルツが来日したのを初め、哲学では夏目漱石もその教えを受けて「ケーベル博士」と親しまれたラファエル・フォン・ケーベル、化学ではゴットフリード・ワグネルなどがいる。

工学においては、大久保利通の命を受けた井上省三が、ザガン市のカール・ウルブリヒト工場で紡績の生産技術を学び、日本に伝えている。その知識は現代の日本の製造業の礎となった。軍事においても、大日本帝国陸軍は、普仏戦争後、軍制をフランス式からプロイセン式へと変え、その制度と理論による近代化に努め、日露戦争の勝利に繋がった。

日清戦争後には、ドイツは、ロシア帝国や、フランスとともに、日本に対し三国干渉を行った。さらに第一次世界大戦が勃発すると日本が日英同盟により連合国 (第一次世界大戦)側に与したため、ついにドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国など中央同盟国側とは山東半島やミクロネシア、地中海などで戦火を交えるに至った(→第一次世界大戦下の日本)。又、ナチス・ドイツは、支那事変では蒋介石政権に最新の兵器と軍事顧問団を送り込み、日本軍を苦しめた。このように、1871年から1945年までの日独関係は、必ずしも友好関係で一貫していたのではない。

しかし、ドイツは第一次世界大戦で敗れると、ドイツ帝国は崩壊してヴァイマル共和政が成立し、植民地を全て失い、ヴェルサイユ条約によって莫大な賠償金を課せられていた。そして、植民地を持たないドイツと植民地の少ない日本は、世界恐慌時代には植民地の多いイギリスやフランスと対立し、利害を共有する日独両国は親近感を深めて、日独伊三国軍事同盟へと発展し、第二次世界大戦では枢軸国(同盟国)として共に戦うこととなった。

又、文化面では、第一次世界大戦中においてすら、捕虜収容所において人道的に扱われたドイツ軍捕虜を通じて、ゴム製品や洋菓子などの生産のノウハウが日本に導入されたり、クラシック音楽・ドイツ体操などが捕虜収容所周辺地域に伝授されるなどの、文化交流があったことも重要といえる。

1945年-現在


技術・経済面での交流は活発で、日本にとってヨーロッパ最大の貿易相手国となっている。特にドイツの自動車は日本でも高い人気を誇り、日本の輸入車の販売数上位3つはメルセデス・ベンツ、BMW、フォルクスワーゲンが占めている。文化や制度の面では第二次世界大戦前ほどの影響力を持たなくなったものの、クラシック音楽ではヨハン・ゼバスティアン・バッハやルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンをはじめとするドイツ(およびオーストリア)の作曲家の楽曲が愛好されている。

ドイツでは、1999年1月から2000年9月までは「ドイツにおける日本年」と定められて日本が総合的に紹介され、また日本では2005年と2006年に「日本におけるドイツ年」の諸企画が行われ、新しい形の日独交流が形成されている。

地方行政区分


{{main|ドイツの地方行政区分}}
ドイツには16の連邦州がある。ベルリンとハンブルクは都市州と呼ばれ、各々単独で連邦州を形成する。ブレーメンとブレーマーハーフェンも合わせて都市州となる。

{{地域区分表|CONTENTS=
{{地域区分表列
|NAMEJ=バーデン=ヴュルテンベルク州
|NAMEL=:de:Baden-Württemberg
|POP=10,717,419
|CAPJ=シュトゥットガルト
|CAPL=:de:Stuttgart
|ETC=15
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=バイエルン州
|NAMEL=:de:Freistaat Bayern
|POP=12,443,893
|CAPJ=ミュンヘン
|CAPL=:de:München
|ETC=16
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ベルリン
|NAMEL=:de:Berlin
|POP=3,387,828
|CAPJ=
|CAPL=
|ETC=6
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ブランデンブルク州
|NAMEL=:de:Brandenburg
|POP=2,567,704
|CAPJ=ポツダム
|CAPL=:de:Potsdam
|ETC=7
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ブレーメン州
|NAMEL=:de:Freie Hansestadt Bremen
|POP=663,213
|CAPJ=ブレーメン
|CAPL=:de:Bremen
|ETC=4
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ハンブルク
|NAMEL=:de:Freie und Hansestadt Hamburg
|POP=1,734,830
|CAPJ=
|CAPL=
|ETC=3
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ヘッセン州
|NAMEL=:de:Hessen
|POP=6,097,765
|CAPJ=ヴィースバーデン
|CAPL=:de:Wiesbaden
|ETC=12
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=メクレンブルク=フォアポンメルン州
|NAMEL=:de:Mecklenburg-Vorpommern
|POP=1,719,653
|CAPJ=シュヴェリーン
|CAPL=:de:Schwerin
|ETC=2
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ニーダーザクセン州
|NAMEL=:de:Niedersachsen
|POP=8,000,909
|CAPJ=ハノーファー
|CAPL=:de:Hannover
|ETC=5
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ノルトライン=ヴェストファーレン州
|NAMEL=:de:Nordrhein-Westfalen
|POP=18,075,352
|CAPJ=デュッセルドルフ
|CAPL=:de:Düsseldorf
|ETC=9
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ラインラント=プファルツ州
|NAMEL=:de:Rheinland-Pfalz
|POP=4,061,105
|CAPJ=マインツ
|CAPL=:de:Mainz
|ETC=13
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ザールラント州
|NAMEL=:de:Saarland
|POP=1,056,417
|CAPJ=ザールブリュッケン
|CAPL=:de:Saarbrücken
|ETC=14
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ザクセン州
|NAMEL=:de:Freistaat Sachsen
|POP=4,296,284
|CAPJ=ドレスデン
|CAPL=:de:Dresden
|ETC=11
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ザクセン=アンハルト州
|NAMEL=:de:Sachsen-Anhalt
|POP=2,494,437
|CAPJ=マクデブルク
|CAPL=:de:Magdeburg
|ETC=8
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州
|NAMEL=:de:Schleswig-Holstein
|POP=2,828,760
|CAPJ=キール (都市)
|CAPL=:de:Kiel
|ETC=1
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=テューリンゲン州
|NAMEL=:de:Freistaat Thüringen
|POP=2,355,280
|CAPJ=エアフルト
|CAPL=:de:Erfurt
|ETC=10
}}
}}

主要都市


ドイツは地方分権の歴史が長いため、ロンドンやパリ、東京の様な首都への一極集中はしていない。人口は2008年のデータを使用。 |-
| style="text-align:center;"| 10
| style="text-align:center;"| ブレーメン
| style="text-align:center;"| ブレーメン州
|align="right"| 547,360
style="width:30px;"| 都市 人口
style="text-align:center;"| 1
style="text-align:center;" colspan="2"| ベルリン
align="right"| 3,431,675
style="text-align:center;"| 2
style="text-align:center;" colspan="2"| ハンブルク
align="right"| 1,772,100
style="text-align:center;"| 3
style="text-align:center;"| ミュンヘン
style="text-align:center;"| バイエルン州
align="right"| 1,326,807
style="text-align:center;"| 4
style="text-align:center;"| ケルン
style="text-align:center;"| ノルトライン=ヴェストファーレン州
align="right"| 995,420
style="text-align:center;"| 5
style="text-align:center;"| フランクフルト・アム・マイン
style="text-align:center;"| ヘッセン州
align="right"| 664,838
style="text-align:center;"| 6
style="text-align:center;"| シュトゥットガルト
style="text-align:center;"| バーデン=ヴュルテンベルク州
align="right"| 600,068
style="text-align:center;"| 7
style="text-align:center;"| ドルトムント
style="text-align:center;" rowspan="3"| ノルトライン=ヴェストファーレン州
align="right"| 584,412
style="text-align:center;"| 8
style="text-align:center;"| デュッセルドルフ
align="right"| 584,217
style="text-align:center;"| 9
style="text-align:center;"| エッセン
align="right"| 579,759

経済


{{main|ドイツの経済}}
[[File:Skyline Frankfurt am Main.jpg|thumb|220px|ドイツ経済の中心地フランクフルト・アム・マインは、欧州中央銀行(ECB)や国際的なフランクフルト国際空港を持つ。]]
[[File:S-Klasse_W221.jpg|thumb|220px|メルセデス・ベンツ Sクラス。世界第4位、欧州第1位の国内総生産を擁するドイツは、世界有数の輸出国である。]]

対米ドル為替レートによる単純換算値では、ドイツはアメリカ合衆国、日本、中国に次ぐ世界第4位の国内総生産を誇る経済大国であり、欧州連合加盟国第一の経済力を持つ。

ドイツ経済の主要産業は工業で、自動車、化学、機械、金属、電気製品などである。ドイツは戦前から科学技術に優れており、ガソリン自動車やディーゼルエンジンを発明したのはドイツ人であった。また現在見られる液体燃料ロケット(スペースシャトル、ソユーズ、アリアン、H-IIAなど、固体ロケットM-Vロケット等を除く)は戦時中にナチスが開発した技術が基礎となっている。現在でも技術力には定評があり、自動車はメルセデス・ベンツ、ポルシェ、BMW、アウディ、フォルクスワーゲンといったブランドが世界的に有名であり、人気も高い。その他、化学・薬品大手のバイエル (企業)、電機大手のシーメンス、ルフトハンザドイツ航空、ドイツ銀行、経営管理ソフトウェア大手のSAP AG、光学機器メーカーのカール・ツァイス、ライカ、世界最大の映画用カメラメーカーであるアーノルド&リヒター、人工透析で世界シェア40%のフレゼニウスなど、世界的に活動している大企業は多い。近年は再生可能エネルギー産業を急成長させており朝日新聞、2007年05月11日の記事(ドイツにおける再生可能エネルギー導入の状況)EICネット、2008.07.31 の記事(再生可能エネルギーが電力消費量の14.2%にまで増加、雇用増大、売り上げ250億ユーロに)、太陽電池のQセルズ社が太陽光発電#世界各国の状況。

旧西ドイツは日本同様、第二次世界大戦後に急速な経済発展を成し遂げたが、1990年の東西統一以降旧ドイツ民主共和国への援助コストの増大、社会保障のためのコスト増大などが重荷となって経済が低迷。また旧東ドイツでは市場経済に適応できなかった旧国営企業の倒産などで失業が増え、旧東側では失業率が17.2%に達し、深刻な問題となっていた。また企業が人件費の安いポーランドやチェコなどへ生産拠点を移転させようとしているために、ますます失業が増えるのではないかとの懸念もある{{要出典}}。しかしこの数年はGDPは増加傾向でありDEStatis,GDPのトレンド、失業率も減少して2008年の時点では1992年以来の低水準となっている11月の独失業者数、減少続く-1万人減(IBTimes)

かつてはすべての州で、「閉店法」により、(空港や駅構内の売店、ガソリンスタンド併設のコンビニを除く)小売店は平日(月曜日から土曜日まで)は20時から翌朝6時まで、日曜・祝日は終日営業できないといった規則が定められていたが、2006年の2006 FIFAワールドカップ開催をきっかけとして営業時間が延長された。同時に各州に閉店法に関する詳細を定める権限も移り、一部州では閉店法自体が撤廃されるところも出てきている。大型のショッピングセンターやトルコ・イタリア・ギリシャ・中国など外国人が経営する店は深夜や土日も開店している場合も多い。

交通


航空
欧州でも屈指の大手航空会社ルフトハンザドイツ航空が世界各国に航空路線を持っている。また、フランクフルト国際空港は欧州でも有数のハブ空港である、また、エア・ベルリンなどの格安航空会社もある。
鉄道
ドイツ鉄道(DB, Deutsche Bahn)が全国に路線を張り巡らせ、超高速列車ICEや都市間を結ぶインターシティ、ヨーロッパ各国との間の国際列車が多数運行されている。また、都市部では近郊電車のSバーンや地下鉄(Uバーン)、路面電車の路線網が発達している。なおヴッパータールには、現在運行している世界最古のモノレールがある。
道路
自動車大国であるだけに道路網も発達しており、アウトバーンと呼ばれる高速道路が主要都市を結んでいる。

国民


民族



File:Germany demography.png

ゲルマン系のドイツ語を母語とするドイツ人が多数を占め、他にバウツェンにはスラヴ系のソルブ人が、シュレースヴィヒにはゲルマン系のデンマーク人などがおり、帰化ポーランド人も多数居住している。ドイツ人は欧州諸民族の例にもれず厳密には混成民族であるが、主流であるゲルマン系と言語が一致しているため、おおむね自他ともにゲルマン民族として認識されている。

ドイツ国籍を持たない外国人労働者とその子孫は全人口の9%を占める。最も多いのがトルコ人で171万人に上るが、国籍法改正以降ドイツ国籍を取得する人が急増し、ドイツ国内のトルコ系人口は281万人にもなる。このような安価な労働力の流入がドイツ人の雇用悪化を招き、失業者の中には暴動に走る者も現れた。また文化的衝突からネオナチなどの外国人排斥運動に賛同して外国人を襲撃するなど、深刻な問題となっている。

言語


{{main|ドイツの言語}}
公用語はドイツ語。地域によってはデンマーク語、ソルブ語なども使用されている。

言語の一覧


現在、エスノローグはドイツ連邦共和国内に以下の言語の存在を認めている。
  • ドイツ語(国家公用語)
  • 低ザクセン語(北ドイツ)
  • 上ザクセン語(ザクセン州)
  • アレマン語(バーデン=ヴュルテンベルク州)
  • バイエルン語(バイエルン州)
  • リンブルフ語(ノルトライン=ヴェストファーレン州の一部)
  • マインツ語(マインツ市)

宗教


[[ファイル:Koelner Dom.jpg|thumb|180px|ケルン大聖堂。]]

REMID(ドイツ語)の2006年の統計によると、キリスト教徒 (68%) のうち、プロテスタント (32.7%) 、カトリック教会 (31.4%) で、イスラム教 (4.0%) 、ユダヤ教 (0.25%) 、無宗教もしくは無神論 (29.6%) 等となっている。

2007年現在、ドイツの全人口の30,2%、24,832千人がドイツ福音主義教会(EKD)の教会員であるStatistik der EKD。ドイツ福音主義教会には22の州教会が加盟しており、常議員会議長がドイツ福音主義教会(EKD)を代表する。

宗教的多様性と国家干渉主義の両方の伝統を持つ中央ヨーロッパ、とりわけ旧東ドイツの各州においてゼクト(カルト)団体が増加しているドイツでは、予防啓発とゼクト脱退者保護の政策が、地方レベルで実施されている。ゼクト担当委員のポストが各州に創設された。中央レベルでは、教会法人格の取得に関する認証基準が定められた。情報交換を目的とした作業会議が、州職員と州代表者の間で何度も開かれた。とはいえ市民社会には秩序があり、国家宗教は揺らいでいないため、この問題への関心は限定的である。現在のところ、禁止されたゼクトはない。その上、国家権力の行動の幅は狭くなっている(WikiSource2004年度Miviludes報告書日本語訳より抜粋、一部変更。)。

教育


{{main|ドイツの教育}}
教育課程は初等教育4年、中等教育以降は職業人向けと高等教育向けの学校とに厳格に分けられている。いわゆる「マイスター制」である。12歳までは基礎学校(義務教育)で、子供の能力の見極めが重要になる。13歳から15歳では、就職のための専門的な職業教育が行われる。大学への進学を希望する場合は、ギムナジウムという進学校に進学し、大学進学に必要なアビトゥア資格の取得を目指す。日本においては、俗に「ドイツでは工業職人がマイスターと呼ばれ、尊敬を受けている」という話がまことしやかに語られているが、正確ではない。第二次世界大戦後の高度成長の過程においては確かに事実であったが、近年では多くの子供たちがギムナジウムに進学する傾向が見られ、これがドイツの財政(教育費)を圧迫する原因にもなっている。また、工業職人のイメージが強いマイスター制度だが、これも近年ではコンピュータ技術者といった従来のイメージとは異なる職種の学校が増えつつある。近年、国際化によりマイスター制度が先進工業の発展に寄与しなくなったことや、12歳で人生が決まってしまう学校制度に疑問が上がり、近年は義務教育からアビトゥア資格取得まで一貫した中等教育を行うシュタイナー教育や総合学校が広まっている。

大学においても近年変革の時期を迎えている。ドイツの大学はほぼ全てが州立大学で、基本的に学費は納める必要がない(ただし、州により学費徴収を行うケースもある)。しかし、近年の不況の影響を受け、大学は授業料を徴収するかどうか、検討を始めている。また、かつてのドイツは大学卒業した者はエリートコースを歩み、大学卒業資格は社会で相当に高い評価を得ていたと言える。しかし、近年における財政界からは、もっと柔軟な思考ができる学生が欲しいとの声が強まり、大学のカリキュラムも変革の時期を迎えている。

東西格差


ドイツ統一後、旧西ドイツ資本の会社が旧東ドイツに進出したおかげで、東ドイツの失業率は高くなった。大学や会社のポストも西ドイツ出身者が占めるようになった。東ドイツ出身者が西ドイツで働くと差別を受けたりする。そのため、一部の東ドイツ出身者は、「東ドイツに戻りたい」と考えている。一部の西ドイツ出身者は、東ドイツの復興と支援に統一税が使われるのに不満を抱き、ベルリンの壁復活を望んでいる。

環境への取り組み


ドイツは世界的に環境保護先進国と呼ばれている。1994年、基本法第20条a項として「国は未来の世代に対する責任といる面においても生活基盤としての自然を保護するものとする」という条文が採用された。エコノミーとエコロジーは対立するものではない、大気、土壌、水質の保護は経済発展の前提条件とされた。背景には、国土が狭い上に、海岸線が短いため埋立地も十分に確保できず、その上、廃棄物の他国への越境移動が禁止されたため、自国内で処理せざるを得なくなったことである。環境保護に対する国民の意識が高まり、1998年に同盟90/緑の党が連立政権に参加した。

1986年 廃棄物発生防止・処理規正法

産業廃棄物等の発生源によって規制する規則

1991年6月 包装材廃棄物政令

1994年10月 「リサイクル経済促進・廃棄物無公害処分確保法」(廃棄物リサイクル促進法)

1996年10月 同法施行

製造業者の関与を深める法体系を作った

2002年1月 デポジット制の制定

環境にやさしくない素材のすべての容器包装廃棄物にデポジットが課される

現在では量り売り、デポジット制などの努力により、ごみの大幅な減量に成功している。ドイツのごみ排出量は日本の4分の1、特に包装物は10分の1である。こうした環境への姿勢が近隣諸国に影響を及ぼし、1994年12月にEUの包装材指令(2001年までに加盟各国で廃棄物リサイクル促進法を法制化することを求めるEU指令)がくだった。

ドイツは循環経済法への転換を果たしているといわれている。ごみの排出回避、素材・エネルギーの再利用、環境に配慮した処理法、また「排出者責任」は企業責任と明確にしているなど、廃棄物が巡る経済を実現している。

DSD


Duales System Deutschlandの略で、1991年にドイツの企業が協力して設立した、プラスチック、缶、ビン、紙などを回収・リサイクルする組織。国内に195の分別工場を有し、現在17500企業が払う20億ユーロのライセンス料で共同処理を行っている。ここからリサイクルされたものを使用した商品は、グリューネプンクトが表示され、販売価格にリサイクル価格が上乗せされる。この制度をデュアルシステムという。デュアルシステムはドイツを手本にEU圏内で広がっている。

フリーライダーの存在、コストの問題、普通ごみの混入など課題もある。

文化


{{main|ドイツの文化|:en:Culture of Germany}}
民族衣装などの伝統文化保全に強い関心が集まっている。

食文化


{{main|ドイツ料理}}
ソーセージ (Wurst) 、ハム (Schinken) 、チーズ (Käse) などの冷製食品・カルトエッセン(Kaltessen; 火を通さない食事)などに地域ごとの特色がある。

ビールが主たる酒である(ただし、フランクフルトなど地方によってはリンゴのワインの方が人気)。ミュンヘンのオクトーバー・フェストは世界最大のビール祭りだといわれる。ドイツのワインは白ワインが主体。かつてはリースリング種をつかった甘口のワインが多かったが、食生活の変化に伴い辛口の白ワインや赤ワインが生産・消費ともに増加している。

文学


{{main|ドイツ文学}}
  • ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
  • フリードリヒ・フォン・シラー
  • エーリッヒ・マリア・レマルク
  • ベルトルト・ブレヒト

哲学


{{main|ドイツの哲学|:en:German philosophy}}
[[ファイル:Hegel portrait by Schlesinger 1831.jpg|thumb|180px|ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル。]]
  • 超越論的哲学:カント
  • ドイツ観念論:ヘーゲル、フィヒテ、シェリング
  • 生の哲学:ショーペンハウアー、ニーチェ
  • 現象学:フッサール、ハイデガー
  • 解釈学:ディルタイ、ガダマー
  • フランクフルト学派:マックス・ホルクハイマー、テオドール・アドルノ、ユルゲン・ハーバーマス
  • その他マルティン・ルター、カール・マルクス、ゴットフリート・ライプニッツなど哲学者名を参照。

音楽


{{main|ドイツの音楽|:en:Music of Germany}}
ファイル:Johann Sebastian Bach.jpg
[[File:Beethoven.jpg|thumb|180px|ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。]]
ドイツは同じドイツ語圏のオーストリアと共にヨハン・ゼバスティアン・バッハ、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、ヨハネス・ブラームスの「ドイツ三大B」を初めとする、クラシック音楽史上に名を残す作曲家や演奏家を多数輩出している。ベルリン・フィルをはじめとする世界クラスのオーケストラや音楽祭も多い。文学と同じくオーストリアと併せた括りで(相互の移動や各時代における国民意識など分離して考えることが困難なため。ベートーヴェンがドイツ音楽でブルックナーはオーストリア音楽というような分け方は殆どされない)世界最大のクラシック音楽大国とされている。 オペラ、演奏会、演劇への関心も強く、ある程度の規模の街には州立(国立と呼ばれる場合もある)ないし市立の劇場、オーケストラがおかれている。各地の放送局が所有しているオーケストラも総じてレベルが高い。オペラはオーストリアとスイスのドイツ語圏をあわせるとイタリアの4倍近い年間上演数を誇る、世界でも群を抜く中心国であり、諸外国からドイツ語を学んだ歌手が多く集まっている。逆にいえばドイツ人だけでは陣容を維持できない規模になっているともいえ、ポピュラー系のショービジネスや野球におけるアメリカに似た地位にある。その他、オペレッタ、ミュージカル、バレエ、ストレートプレイの上演も盛んである。

ポピュラー音楽については、1979年、ジンギスカン (グループ)の『ジンギスカン (曲)』『めざせモスクワ』や、1980年代に:de:Nena (Band)(ネーナ)がアメリカ合衆国などでもヒットさせた『99 Luftballons』(ロックバルーンは99)などが知られている。

また最近では、旧・東ドイツの都市ライプツィヒの聖トーマス教会の少年合唱団出身者などにより結成された:de:die Prinzen(ディー・プリンツェン)が、2002年のサッカー「2002 FIFAワールドカップ」で活躍し、最優秀選手に選出されたドイツ代表のゴールキーパーであるオリバー・カーンをモチーフにした曲『OLLI KAHN』が話題を呼ぶ。

ロック (音楽)では、主なミュージシャンとしてプログレッシヴ・ロックのタンジェリン・ドリーム、テクノの元祖クラフトワーク、 ハード・ロックのスコーピオンズ、マイケル・シェンカー・グループ、フェア・ウォーニング (バンド)、ヘヴィ・メタルのアクセプト (バンド)、ハロウィン (バンド)、ガンマ・レイ、ブラインド・ガーディアン、レイジ (バンド)、プライマル・フィア、ラムシュタインなどの名が挙げられる。

テクノやトランス (音楽)などのクラブ系は、野外レイブ (音楽)『ラブパレード』や屋内レイヴ『メイデイ (音楽イベント)』が開催されるなど、ドイツ国内に広く普及している。テクノではベルリンのトレゾアやケルンのコンパクト (レコードレーベル)など優良なレーベルも多く、世界中から数多くのアーティストが曲をリリースしている。トランスの分野では、東ベルリン出身のDJ・ポール・ヴァン・ダイクが「DJ Magazine」誌の人気投票で1位を獲得しているほか、EU(欧州委員会)よりヨーロピアン・ボーダーブレーカーズ賞EU加盟国内でデビューし、出身国以外の加盟国内でのこれまでの売上や直近1年間の総売上のほか、本拠地内外でのライブツアー集客力に優れたアーティストに送られる賞。を受賞した“Cascada”『ヨーロッパ』通巻第253号 2008年春号、欧州委員会駐日代表部をはじめ、“Baracuda”“Groove Coverage”など国内外で活躍するドイツ人アーティストも多いカスカーダ公式HP『POISON 〜 The Best of Groove Coverage 〜』FARM RECORDS

電子音楽、エレクトロニカ、サウンドアートなども盛んであり、坂本龍一とのコラボレーションでも知られる:de:Alva Notoが主催するレーベル:de:Raster-Notonなど注目度が高い。

美術


{{main|ドイツの芸術|:en:German art}}
ロマン主義のカスパー・ダーヴィト・フリードリヒ、フィリップ・オットー・ルンゲなどの画家名やドイツ表現主義などの項目を参照。

第一次世界大戦中から戦後、ドイツは表現主義や新即物主義を生み出し、デザインや建築でもバウハウスを中心に革新的な動きを起こした。バウハウスに集ったヴァルター・グロピウス、ハンネスマイヤー、ミース・ファン・デル・ローエ、ヨハネス・イッテン、ピエト・モンドリアン、ワシリー・カンディンスキー、モホリ=ナジ・ラースローといった美術家・建築家らは、合理主義・表現主義・構成主義といった美術観・建築観に基づくデザインを生み出し、今日のデザイン分野への影響は甚大である。

しかし既存のロマン派的流れを汲む美術団体との軋轢、およびナチスの「退廃芸術」排除の政策から、主だった美術家・建築家はアメリカ合衆国などに移民し、ドイツの芸術は壊滅的打撃を受けた。

1960年代以降、フルクサスやヨーゼフ・ボイス、アンゼルム・キーファー、ゲルハルト・リヒターなど、世界に影響を与える芸術家が多数登場し、ドイツの美術・建築・デザインは再び世界的存在感を高めている。

映画


{{main|ドイツの映画}}
1920年代、ヨーロッパで制作された映画の半分はドイツ映画であったが、敗戦後の米国の占領政策の影響もあり、隣国フランスや米国ほど盛んとは言い難い。しかしながら2003年に公開された『グッバイ、レーニン!』は、ドイツ統一をテーマにすえた作品としてベルリン国際映画祭で最優秀ヨーロッパ映画賞を受賞し、注目を集めた。

世界遺産


ドイツ国内には、国際連合教育科学文化機関の世界遺産リストに登録された文化遺産 (世界遺産)が29件、自然遺産 (世界遺産)が1件存在する。さらにポーランド、イギリスにまたがって2件の文化遺産、オランダにまたがって1件の自然遺産が登録されている。詳細はドイツの世界遺産を参照。

スポーツ


{{Main|ドイツのスポーツ}}

サッカー


{{See also|ドイツのサッカー選手一覧}}
[[File:AllianzArenaSunset.jpg|thumb|200px|サッカー・ブンデスリーガ (ドイツ)の名門バイエルン・ミュンヘンの本拠地、アリアンツ・アレーナ。]]
ドイツはサッカーが非常に盛んな国である。通常ドイツのスポーツ競技団体はドイツスポーツ連盟(DSB)に加盟しているが、ドイツサッカー協会(DFB)は会員数630万人以上を数え、他の団体に比しても規模が大きい事で知られる。

FIFAワールドカップにおいてはサッカードイツ代表が3度の優勝と4度の準優勝(旧西ドイツ時代を含む)を誇るなど、現在も安定した強さを誇るヨーロッパ屈指の強豪国である。またワールドカップ優勝3回は5回のブラジル、4回のイタリアに次いで第3位の記録である。2006年には1974年の1974 FIFAワールドカップ以来32年ぶりに2006 FIFAワールドカップが地元開催され、3位入賞を果たした。オリバー・カーンやイェンス・レーマンなどゴールキーパーに名選手が多いことから、PK戦では驚異的な強さを誇る。サッカードイツ女子代表も2003年、2007年のFIFA女子ワールドカップを連覇している強豪である。

国内のクラブチームの活動も盛んで、トップリーグであるサッカー・ブンデスリーガ (ドイツ)(連邦リーグ)は欧州屈指のレベルを誇り、バイエルン・ミュンヘン等の名門クラブが鎬を削っている。

ウィンタースポーツ


寒さが厳しい地方ではウィンタースポーツが盛んで、冬季オリンピックにも毎回多数のすぐれた選手を輩出している。なお、1936年にはオーストリアとの国境付近の町ガルミッシュ=パルテンキルヒェンで冬季オリンピックが開催されている(ガルミッシュパルテンキルヒェンオリンピック)。また、西ドイツと東ドイツを含んだ冬季オリンピックでのメダル獲得数が1番であることでも知られている。

モータースポーツ


古くから自動車産業が盛んなことからモータースポーツの伝統国の1つとして知られ、1950年代までグランプリレースなどを席巻したメルセデス・ベンツ、1980年代を中心にスポーツカーの分野で数度のチャンピオンを獲得し、ル・マン24時間レースにおいては最多勝を誇るポルシェ(近年ではアウディ)、1960年代から2000年代にかけヨーロッパツーリングカー選手権(ETCC)で最多勝(18勝)を挙げるなどツーリングカーの分野において圧倒的な強さを持つBMWの4社を筆頭に、自動車会社各社が目覚しい記録を残している。

自動車会社各社の活躍に比べれば見劣りする感はあるが、フォーミュラ1ドライバーのミハエル・シューマッハやドイツツーリングカー選手権のベルント・シュナイダー (レーサー)を筆頭に優秀なレーシングドライバーを数多く輩出している国でもある。特に近年では多数のF1ドライバーを輩出している。また世界的に有名な難関コースを持つサーキット・ニュルブルクリンクがあるのもドイツである。

著名な出身者


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参考文献


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脚注


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関連項目


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  • ナチス・ドイツ
  • ドイツ関係記事の一覧
  • ドイツ法
  • ドイツ連邦共和国基本法(憲法)
  • ドイツ民法
  • ドイツ移民法
  • ドイツの地方行政区分
  • ドイツの市町村一覧
  • ドイツ統一
  • ドイツ植民地帝国
  • ドイツ再統一
  • ドイツ観光街道

外部リンク


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