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イタリア

{{Otheruses|1946年以後のイタリア|19世紀に存在した共和国など他のイタリア半島の国家|イタリア (曖昧さ回避)}}
{{基礎情報 国
|略名 = イタリア
|日本語国名 = イタリア共和国
|公式国名 = {{Lang|it|Repubblica Italiana}}
|国旗画像 = Flag of Italy.svg
|国章画像 = File:Italy-Emblem.svg
|国章リンク = (イタリアの国章)
|標語 = なし
|国歌 = マメーリの賛歌
|位置画像 = Location Italy EU Europe.png
|公用語 = イタリア語南ティロルではドイツ語とラディン語、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州ではスロヴェニア語、ヴァッレ・ダオスタ州ではフランス語。
|首都 = ローマ
|最大都市 = ローマ
|元首等肩書 = 共和国大統領 (イタリア)
|元首等氏名 = ジョルジョ・ナポリターノ
|首相等肩書 = 閣僚評議会議長 (イタリア)(イタリアの首相)
|首相等氏名 = マリオ・モンティ
|面積順位 = 69
|面積大きさ = 1 E11
|面積値 = 301,230
|水面積率 = 2.4%
|人口統計年 = 2008
|人口順位 = 23
|人口大きさ = 1 E7
|人口値 = 59,870,000
|人口密度値 = 193
|GDP統計年元 = 2008
|GDP値元 = 1兆5,722億IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧 (http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2009/01/weodata/weorept.aspx?pr.x=91&pr.y=5&sy=2008&ey=2008&scsm=1&ssd=1&sort=country&ds=.&br=1&c=136&s=NGDP%2CNGDPD%2CPPPGDP%2CPPPPC&grp=0&a=)
|GDP統計年MER = 2008
|GDP順位MER = 7
|GDP値MER = 2兆3,138億
|GDP統計年 = 2008
|GDP順位 = 10
|GDP値 = 1兆8,145億
|GDP/人 = 30,580
|建国形態 = 1946年王政廃止に関するイタリアの国民投票
|建国年月日 = 1946年6月2日
|通貨 = ユーロ (€)
|通貨コード = EUR
|通貨追記 = 1999年以前の通貨はイタリア・リラ。イタリアのユーロ硬貨も参照。
|時間帯 = +1
|夏時間 = +2
|ISO 3166-1 = IT / ITA
|ccTLD = .it
|国際電話番号 = 39
|注記 =
}}
イタリア共和国(イタリアきょうわこく、{{lang-it|Repubblica Italiana}})、通称イタリアは、南ヨーロッパに位置する共和制国家。

イタリア半島およびその付け根に当たる部分と、地中海に浮かぶ2つの大きな島(サルデーニャ島、シチリア島)からなる。国土北部のアルプス山脈において、フランス、スイス、オーストリア、スロベニアと国境を接し、南西のシチリア島の対岸にチュニジアが、南には旧植民地のリビアが存在する。またサンマリノ、バチカンの領土を取り囲んでいる。首都はローマ。

国名


正式名称は、{{Lang|it|Repubblica Italiana}}イタリア語: レプッブリカ・イタリアーナ)。通称は、{{Lang|it|Italia}}

公式の英語表記は、{{Lang|en|Italian Republic}}(イタリャン・リパブリク)。通称は、{{Lang|en|Italy}}(イタリ)。

日本語の表記は、イタリア共和国。通称はイタリアであるが、イタリヤと表記されることもある。古くはイタリーと表記された。また漢字による当て字で、伊太利亜、伊太利などと表記することもあり、伊と略されることが比較的多い。

イタリアという名の由来に定説はない。確かなことは、イタリアという単語は元々、半島の南端部の狭い地域の名だったということである。由来についての有力な説は、古ラテン語の vitulus (ウィトゥルス、雄の子牛)から転じたものである。

歴史


{{Main|イタリアの歴史}}

ローマ以前-ローマ期


File:Pisa tower.jpg
[[File:Colosseum in Rome, Italy - April 2007.jpg|thumb|200px|ローマ帝国に造られた円形闘技場、コロッセオ]]
File:Constitutional.court.of.italy.in.rome.2.arp.jpg
[[File:Garib francesca armosino.jpg|200px|thumb|ジュゼッペ・ガリバルディ]]
[[File:Bundesarchiv Bild 102-09844, Mussolini in Mailand.jpg|200px|thumb|ベニート・ムッソリーニ]]
ギリシア時代より都市国家が成立。なお、伝説では紀元前753年にローマ建国 エトルリア人も12の都市国家による都市連合の王政を築いていた。

伝承に、紀元前509年にローマ人パトリキ(貴族)がエトルリア人の王を追放し共和制開始。サムニウム戦争(紀元前343年 - 紀元前290年)などにより紀元前272年にイタリア半島を制圧。

フェニキア人の植民国家カルタゴとの戦争(ポエニ戦争)(紀元前264年 - 紀元前146年)によりシチリア島を獲得。地中海の覇権を握る。

その後もイタリアはローマ帝国の中心地域として栄えたが、395年に東西ローマ帝国が分裂し、イタリアが所属する西ローマ帝国は476年に滅びる。西ローマ帝国を滅ぼしたオドアケルはイタリア王となり、これが国号としてのイタリアの走りとなった。

ローマ帝国分裂以降


493年にはオドアケルが滅ぼされ東ゴート王国が成立、さらに553年には東ローマ帝国が全土を掌握し、イタリアは80年ぶりにローマ帝国領として奪還された。しかし、帝国にとってもはやイタリアは1属州に過ぎず、さらにランゴバルド人の侵入により、ローマのイタリアに対する支配力は大きく低下した。なお、イタリアに常駐した最後のローマ皇帝は7世紀のコンスタンス2世である。彼は南イタリアとアフリカを中心に帝国を再編成しようと意図したが、失敗に終わった。8世紀には、東ローマ帝国の勢力はイタリア半島の南端部にまで後退した。

その後は南端部の東ローマ帝国、シチリア島のイスラム教徒、ローマを中心としたローマ教皇領、北部には神聖ローマ皇帝といった勢力が割拠した。この他多数の都市国家が発展、11世紀になると東ローマに代わりノルマン人が侵入した。これらの中にはイタリアの統一を試みる者もいたが、ローマ教皇庁の思惑もあって分裂状態が続く。

18世紀末にイタリアに侵攻したフランスのナポレオン・ボナパルトは全イタリアを手中に納めたが、1815年に、ナポレオンが失脚するとヴェネツィアとジェノヴァの共和国を除きほぼ元の分裂状態に戻った。

イタリア王国


1861年2月に、ジュゼッペ・ガリバルディらの協力を受けたサルデーニャ王国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世が統一に成功し、1861年3月17日にイタリア王国を樹立した。

1922年には、ファシスト党のベニート・ムッソリーニが首相となる。その後ムッソリーニは権力の集中を進め、1929年にはローマ教皇庁との間にラテラノ条約を結び、関係を修復する。

ムッソリーニ首相とヴィットーリオ・エマヌエーレ3世国王の指導の下、1936年には日本とドイツと相次いで同盟関係を結び、1939年9月に勃発した第二次世界大戦には、1940年6月に枢軸国の一員として参戦するものの、1943年には敗色が濃い中ムッソリーニが失脚し連合国 (第二次世界大戦)側に鞍替え参戦する。しかし同時に、逃亡したムッソリーニを首班としたナチスドイツの傀儡政権であるサロ政権が北イタリアを支配する状況になる。しかし、1945年5月8日にナチスドイツが敗北したことにより同政権は崩壊した。

イタリア共和国


大戦終結後の1946年6月2日に行なわれた1946年王政廃止に関するイタリアの国民投票では、共産党などの左派の影響を受け、僅差で共和制移行が決定し、ウンベルト2世は廃位され、サヴォイア家による君主制は廃止され、現在のイタリア共和国が成立した。

1948年に、初代大統領にエンリコ・デ・ニコラが就任。その後の冷戦では、社会主義勢力の影響を受けながらも、アメリカ合衆国や西ドイツなどとともに西側諸国の1国として東側諸国と対峙した。主要国首脳会議の参加国であり、現在も政治や経済だけでなく、文化的な側面においても世界的に重要な位置を占める。

政治


{{Main|イタリアの政治|イタリアの政党|イタリアの首相}}
[[File:Presidente Napolitano.jpg|thumb|150px|ジョルジョ・ナポリターノ共和国大統領 (イタリア)]]
[[ファイル:Mario Monti cropped.jpg|thumb|150px|マリオ・モンティイタリアの首相]]

行政


国家元首は共和国大統領 (イタリア)。選出方法は間接選挙制で、条件は50歳以上、任期は7年となる。通常は内閣や議会の決定に基づく形式的な権限を行使するにすぎないが、首相任命権や議会解散権などを通じて実権を発動する可能性を秘めている。行政はイタリアの首相と内閣が統轄する。首相は、大統領が指名し、議会が承認する。各省の大臣は、首相の指名に基づき、大統領が任命する。議院内閣制を採用しており、内閣は議会の信任を得なければならない。
かつては「おはよう、今日の総理は誰?」というジョークが存在したほど、首相の交代が頻繁な国として名高く、今もその傾向はおさまっていないが、1990-2010年の間での首相は8人(延べ12人)と、日本の14人に抜かれている。

立法


イタリア議会は元老院 (イタリア)(上院)と代議院 (イタリア)(下院)で構成される両院制(二院制)である。元老院は、任期5年の民選議員(315議席)、および終身議員(現在8名)とで構成される。大統領経験者は本人が拒絶しない限り、終身議員たる資格がある他、科学や芸術などの分野で国の名誉を高めた功労者の中から大統領が指名した者が終身議員となる。一方、代議院は全630議席で、任期5年の民選議員によって構成される。また日本では衆議院の優越が認められているが、イタリアでは両院の権能は完全対等、双方とも大統領によって解散されうる。

憲法改革案を否決


2006年6月25-26日、憲法改革案を問う国民投票が行われ、開票の結果、60%を超す反対で否決された。改革案は、退陣したベルルスコーニ右派連立政権が2005年末、野党・中道左派勢力の反対を押し切って議会を通過させたもの。改革案の中味は、議会の解散権を大統領から首相に移し、保健や教育、警察などの権限を国から州に委譲するというもの。開票結果は、反対が61.7%。そのうち、南部で74.8%、中部で67.7%、北部で52.6%の多数を占めた。投票率は53.6%であった。

緊急財政法案可決


2010年7月15日、上院は、ベルルスコーニ政権が提出していた緊急財政法案を賛成170、反対136、棄権0で可決した。政府は、月内にも下院を通過させて法案の成立を目指す。しかし、最大野党の民主党は、16、17日の両日、全国規模の抗議行動を計画している。本法案は5月に提案され、公務員給与増の凍結、省庁予算の削減、地方自治体への交付金削減などの実行によって、今後2年間に財政赤字比率を国内総生産(GDP)比3%以内に下げる発表している。

司法


{{節stub}}

警察


{{Main|イタリアの警察}}
イタリアにおける法執行機関・警察機構は、複雑であり、国家レベルの組織のみでも5つある。その他に、地方自治体の警察組織として、県レベルの地方警察 (Polizia Provinciale)、コムーネレベルの自治体警察 (Polizia Municipale) がある。国家レベルの警察組織は以下のものである。
  • カラビニエリ (Carabinieri) - 国家憲兵。国防省所属、警察業務は内務省の指揮を受ける。主に重大事件などの警察業務を扱う。
  • 国家警察 (イタリア) (:it:Polizia di Stato) - 内務省所属。主に軽犯罪や交通事案を取り扱う。
  • 財務警察 (イタリア) (:it:Guardia di Finanza) - 経済財務省所属。経済犯罪、脱税事案、知的財産権事案、組織犯罪、税関任務、国境警備、不法移民事案を行う。国境警備隊・沿岸警備隊としての側面もあり、準軍事組織となっている。
  • 刑務警察 (:it:Corpo di polizia penitenziaria) - 司法省所属。刑務所の警備・管理・運営。
  • 森林警備隊 (イタリア) (:it:Corpo forestale dello Stato) - 農業食料森林省所属。国立公園を中心とする環境・野生生物保護、山火事消火などの防災任務を行う。

このほか、イタリア沿岸警備隊がイタリア海軍の傘下にあり、海上交通整理、捜索救難、漁業監視、不法移民に対する海上監視などを行っている。

情報機関


  • SISMI (Servizio per le Informazioni e la Sicurezza Militare) - 情報・軍事保安庁
  • SISDE (Servizio per le Informazioni e la Sicurezza Democratica) - 情報・民主主義保安庁

軍事


[[File:Alpini_ISAF.jpg|thumb|ISAFとしてアフガニスタンに従軍する陸軍部隊(アルピーニ兵)。イタリア陸軍は西部地区の軍指揮も委ねられている。]]
[[File:Cavour (550).jpg|200px|thumb|カヴール (空母)級空母]]
[[File:Frecce.tricolore.fairford.arp.jpg|thumb|イタリア空軍のフレッチェ・トリコローリ]]
File:Firenze.Carabinieri01.JPG

{{Main|イタリア軍}}

  • 2004年末に徴兵制が廃止され、2005年より志願制。任期は、1年から4年の期限付と終身の2種。
    • 最年少の兵士は、18歳。
  • 軍事費は、202億ドル。GDP比は、1.64%。
  • フィアットやアレーニア・アエルマッキなどの軍事企業が国産の戦闘機や戦闘車両を生産し、中近東やアジア諸国に輸出している。
  • 独自の核戦力は保持していないがアメリカとニュークリア・シェアリングを行っているので核抑止を可能としている。

陸軍


{{Main|イタリア陸軍}}
2007年現在現役兵約110,000人、予備役約33,500人が所属。

海軍


{{Main|イタリア海軍}}
冷戦期においてはソ連黒海艦隊との戦闘を仮想目標とし、大きな海軍戦力を擁していた。今日でも海軍重視の傾向は変わらず、法改正によって保有が可能となった軽空母ジュゼッペ・ガリバルディ (空母)級に次いでカヴール (空母)級空母が戦列に加わるなど、予算削減で新型戦車の配備が滞りがちな陸軍に比べて一層の強化が進められている。またカヴールと入れ替わる形で旧式化しつつあったガリバルディの改修が開始された。

空軍


{{Main|イタリア空軍}}
4万5879名の要員からなり、F-16 (戦闘機)・ユーロファイター タイフーンなど一線級の空軍機を保有している。航空機の国産化にも熱心で、アエリタリア(旧フィアット社航空機部門)が開発したG.91軽戦闘機は戦後復興から間も無い時期(1956年)でありながら高い性能を誇り、同じく国産に拘るイギリスやフランスは拒んだものの、ドイツ空軍やポルトガル空軍への採用が決定し、「ジーナ」の愛称で20年程前まで長らく愛用されていた。

近年はタイフーンに見られるような欧米での共同開発機に意欲を見せ、空母を増産した海軍の意向もあってか、オランダと共にF-35 (戦闘機)の開発計画でイギリスに次ぐ協力を示している。

カラビニエリ


{{Main|カラビニエリ}}{{See also|イタリアの警察}}
正式名称はカラビニエリ (Carabinieri) で、国家憲兵である。日本では、そのままカラビニエリと称するほか、「国家憲兵」、「憲兵隊」、「国家警察」、「国防省警察」、「軍警察」など様々に訳されている。

平時は各種の警察活動として、警備や事件・事故対応、マフィアや反政府グループなどの犯罪組織の摘発などを担当しており、戦時には戦地での警察・憲兵活動を行う。またテロ対策・要人警護・人質救出などを担当する独自の特殊部隊(国家憲兵隊特殊介入部隊 (カラビニエリ))を保持していて、同部隊はイラク戦争など海外戦争においても戦歴を重ねている。

地方行政区分


{{Main|イタリアの地方行政区画|イタリアの県の一覧|コムーネ一覧|イタリアの郵便番号}}

イタリアの地方行政区分の最上単位は、20の (regione) である。各州はさらに、110の (provincia) に分かれる。各県はさらに、コムーネ(comune)が存在する。ローマにはさらに、{{仮リンク|ローマのムニチーピオ|it|Municipi di Roma}}が存在する。
File:Regionen in Italien beschriftet.png

{{地域区分表|CONTENTS=
{{地域区分表列
|NAMEJ=ピエモンテ州
|NAMEL=:it:Piemonte
|POP=4,214,677
|CAPJ=トリノ(トリノ県)
|CAPL=:it:Torino
|ETC=1
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ヴァッレ・ダオスタ州(特別自治州)
|NAMEL=:it:Valle d'Aosta
|POP=119,548
|CAPJ=アオスタ(州と県が同じ)
|CAPL=:it:Aosta
|ETC=2
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=リグーリア州
|NAMEL=:it:Liguria
|POP=1,571,783
|CAPJ=ジェノヴァ(ジェノヴァ県)
|CAPL=:it:Genova
|ETC=3
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ロンバルディア州
|NAMEL=:it:Lombardia
|POP=9,032,554
|CAPJ=ミラノ(ミラノ県)
|CAPL=:it:Milano
|ETC=4
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=トレンティーノ=アルト・アディジェ州(特別自治州)
|NAMEL=:it:Trentino-Alto Adige
|POP=940,016
|CAPJ=トレント(トレント自治県)
|CAPL=:it:Trento
|ETC=5
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ヴェネト州
|NAMEL=:it:Veneto
|POP=4,527,694
|CAPJ=ヴェネツィア(ヴェネツィア県)
|CAPL=:it:Venezia
|ETC=6
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州(特別自治州)
|NAMEL=:it:Friuli-Venezia Giulia
|POP=1,165,761
|CAPJ=トリエステ(トリエステ県)
|CAPL=:it:Trieste
|ETC=7
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=エミリア=ロマーニャ州
|NAMEL=:it:Emilia-Romagna
|POP=3,983,346
|CAPJ=ボローニャ(ボローニャ県)
|CAPL=:it:Bologna
|ETC=8
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=トスカーナ州
|NAMEL=:it:Toscana
|POP=3,497,806
|CAPJ=フィレンツェ(フィレンツェ県)
|CAPL=:it:Firenze
|ETC=9
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ウンブリア州
|NAMEL=:it:Umbria
|POP=825,826
|CAPJ=ペルージャ(ペルージャ県)
|CAPL=:it:Perugia
|ETC=10
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=マルケ州
|NAMEL=:it:Marche
|POP=1,470,581
|CAPJ=アンコーナ(アンコーナ県)
|CAPL=:it:Ancona
|ETC=11
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=ラツィオ州
|NAMEL=:it:Lazio
|POP=5,112,403
|CAPJ=ローマ(ローマ県)
|CAPL=:it:Roma
|ETC=12
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=アブルッツォ州
|NAMEL=:it:Abruzzo
|POP=1,262,392
|CAPJ=ラクイラ(ラクイラ県)
|CAPL=:it:L'Aquila
|ETC=13
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=モリーゼ州
|NAMEL=:it:Molise
|POP=320,601
|CAPJ=カンポバッソ(カンポバッソ県)
|CAPL=:it:Campobasso
|ETC=14
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=カンパニア州
|NAMEL=:it:Campania
|POP=5,701,931
|CAPJ=ナポリ(ナポリ県)
|CAPL=:it:Napoli
|ETC=15
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=プッリャ州
|NAMEL=:it:Puglia
|POP=4,020,707
|CAPJ=バーリ(バーリ県)
|CAPL=:it:Bari
|ETC=16
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=バジリカータ州
|NAMEL=:it:Basilicata
|POP=597,768
|CAPJ=ポテンツァ(ポテンツァ県)
|CAPL=:it:Potenza
|ETC=17
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=カラブリア州
|NAMEL=:it:Calabria
|POP=2,011,466
|CAPJ=カタンザーロ(カタンザーロ県)
|CAPL=:it:Catanzaro
|ETC=18
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=シチリア州(特別自治州)
|NAMEL=:it:Sicilia
|POP=4,968,996
|CAPJ=パレルモ(パレルモ県)
|CAPL=:it:Palermo
|ETC=19
}}
{{地域区分表列
|NAMEJ=サルデーニャ州(特別自治州)
|NAMEL=:it:Sardegna
|POP=1,631,880
|CAPJ=カリャリ(カリャリ県)
|CAPL=:it:Cagliari
|ETC=20
}}
}}

主要都市


|-
| colspan="11" style="text-align:center; background:#f5f5f5;"| 2007年国勢調査
style="text-align:center; background:#f5f5f5;"|
style="text-align:center; background:#f5f5f5;"| 都市
style="text-align:center; background:#f5f5f5;"| イタリアの地方行政区画
style="text-align:center; background:#f5f5f5;"| 人口
style="text-align:center; background:#f5f5f5;"|
style="text-align:center; background:#f5f5f5;"| 都市
style="text-align:center; background:#f5f5f5;"| イタリアの地方行政区画
style="text-align:center; background:#f5f5f5;"| 人口
style="text-align:center;"| 1
style="text-align:center;"| ローマ(ローマ県)
style="text-align:center;"| ラツィオ州
align="right"| 2,718,768
style="text-align:center;"| 11
style="text-align:center;"| ヴェネツィア(ヴェネツィア県)
style="text-align:center;"| ヴェネト州
align="right"| 268,993
style="text-align:center;"| 2
style="text-align:center;"| ミラノ(ミラノ県)
style="text-align:center;"| ロンバルディア州
align="right"| 1,299,633
style="text-align:center;"| 12
style="text-align:center;"| ヴェローナ(ヴェローナ県)
style="text-align:center;"| ヴェネト州
align="right"| 264,191
style="text-align:center;"| 3
style="text-align:center;"| ナポリ(ナポリ県)
style="text-align:center;"| カンパニア州
align="right"| 973,132
style="text-align:center;"| 13
style="text-align:center;"| メッシーナ(メッシーナ県)
style="text-align:center;"| シチリア州
align="right"| 243,997
style="text-align:center;"| 4
style="text-align:center;"| トリノ(トリノ県)
style="text-align:center;"| ピエモンテ州
align="right"| 908,263
style="text-align:center;"| 14
style="text-align:center;"| パドヴァ(パドヴァ県)
style="text-align:center;"| ヴェネト州
align="right"| 210,173
style="text-align:center;"| 5
style="text-align:center;"| パレルモ(パレルモ県)
style="text-align:center;"| シチリア州
align="right"| 663,173
style="text-align:center;"| 15
style="text-align:center;"| トリエステ(トリエステ県)
style="text-align:center;"| フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州
align="right"| 205,356
style="text-align:center;"| 6
style="text-align:center;"| ジェノヴァ(ジェノヴァ県)
style="text-align:center;"| リグーリア州
align="right"| 610,887
style="text-align:center;"| 16
style="text-align:center;"| ターラント(ターラント県)
style="text-align:center;"| プッリャ州
align="right"| 195,130
style="text-align:center;"| 7
style="text-align:center;"| ボローニャ(ボローニャ県)
style="text-align:center;"| エミリア=ロマーニャ州
align="right"| 372,256
style="text-align:center;"| 17
style="text-align:center;"| ブレシア(ブレシア県)
style="text-align:center;"| ロンバルディア州
align="right"| 189,742
style="text-align:center;"| 8
style="text-align:center;"| フィレンツェ(フィレンツェ県)
style="text-align:center;"| トスカーナ州
align="right"| 364,710
style="text-align:center;"| 18
style="text-align:center;"| プラート(プラート県)
style="text-align:center;"| トスカーナ州
align="right"| 185,603
style="text-align:center;"| 9
style="text-align:center;"| バーリ(バーリ県)
style="text-align:center;"| プッリャ州
align="right"| 322,511
style="text-align:center;"| 19
style="text-align:center;"| レッジョ・ディ・カラブリア(レッジョ・カラブリア県)
style="text-align:center;"| カラブリア州
align="right"| 185,577
style="text-align:center;"| 10
style="text-align:center;"| カターニア(カターニア県)
style="text-align:center;"| シチリア州
align="right"| 298,957
style="text-align:center;"| 20
style="text-align:center;"| モデナ(モデナ県)
style="text-align:center;"| エミリア=ロマーニャ州
align="right"| 179,937

{{-}}

地理


{{Main|イタリアの地理}}
File:Italy 12.68449E 42.33265N.jpg
File:Parco Nazionale d'Abruzzo, Lazio e Molise.jpg
イタリアは地中海に突き出した長靴型イタリア半島、および周辺の島(サルデーニャ島、シチリア島など。コルシカ島はフランス領)から構成されている。東はアドリア海、西でティレニア海とリグリア海、南でイオニア海と地中海に面している。国境を接する国としては、大陸部では西側をフランス、北側をスイスとオーストリア、東側をスロヴェニア。アドリア海を挟んで、クロアチア、アルバニア、ギリシアなどとも地理、歴史的に結びつきが強い。キリスト教・カトリック教会の治めるバチカン市国があるが、これはイタリアの首都ローマが周囲を囲んでいる。他にもアドリア海近くのサンマリノ共和国を包み込むように接する。さらに、スイス領内には飛び地として面積1.7km²ほどのカンピョーネ・ディターリアを持つ。

領土内北部ではアルプス山脈が東西に弧を描き、国境を成している。国境にはマッターホルンや、モンテ・ローザ、モンブランのような高峰があり、イタリアの最高点はフランスとの国境線上のモンブラン頂上付近にある。アルプスは北西部で分岐し、イタリア半島を縦断するアペニン山脈を形成する。アペニン山脈はイタリア半島の気候をアドリア海側とティレニア海側とで非常に異なったものにする役割を果たしている。特にアドリア海側は寒冷であり、海岸部ではときにボラ(冬の北東季節風)の影響が及んで冷たい潮風が吹きつける。また火山国でもあり、とくに南部ではしばしば地震が起こる。エトナ山、ヴェスヴィオ等が有名で、エトナ山はヨーロッパ最大の活火山であり、ほとんど常に噴火している。時には大きな噴火を起こすこともあるが、特別に危険な火山とは見なされておらず数千人が斜面と麓に居住している。イタリアには多くの川があるが、ポー川、アディジェ川、テヴェレ川が上位三位の長さを持つ。テヴェレ川はアルノ川源流近くに源を発し、ローマ市内を抜けて流れることで有名である。

経済



[[File:European flag in the wind.jpg|thumb|イタリアは欧州連合 (EU) 加盟国であり、その単一市場の構成国である。]]
File:Sala del Tricolore 02.JPG
国際通貨基金によると、2010年のイタリアのGDPは2兆366億ドル(約170兆円)であり、世界第7位であるIMF: World Economic Outlook Database

第二次世界大戦前のイタリアは農業国だったが、戦後は北部に多様な産業基盤が整備され、国の経済発展に大いに貢献している。現在のイタリア経済は民間企業を基盤としているが、以前は石油工業や交通輸送、電信電話をはじめ多くの商社やメーカーに対して国家が支配権をにぎっていた。だが、1990年代半ばに多くの企業が政府の管理からはなれ民間企業へと転換した。

1958年から1963年にかけてイタリアはGDP年率+6.3%の目覚しい経済発展を遂げ、1959年5月25日イギリスの日刊紙がイタリアの経済復興の目覚しさをさして、「奇跡の経済」と名付けた。1980年代初頭にはバブルを経験し、GDPでECの牽引役を担う存在であり、巨大な植民地大国だったイギリスを抜かし世界第5位となったものの、1990年にはまた戻っている。以後政府は輸出を活性化させ、研究開発の促進よりも為替相場をリラ安に誘導する事を選択した。

1960年代後半から圧迫されてきた膨大な財政赤字をたてなおし、経済通貨同盟(経済通貨統合)への第1陣参加を実現するため、1993年から政府は大規模な歳出削減策を継続して実施した。その結果、財政赤字のGDP比は94年の9.5%から99年には1.9%にまで改善され、目標としていたEUの財政基準(3.0%以内)を達成することができた。

金融


File:Lire 10000 (Alessandro Volta).JPG
法定通貨として長年「イタリア・リラ (Lira)」が使われて来たが、2002年1月1日から欧州連合の単一通貨ユーロ(EURO、エウロ)の紙幣や硬貨が流通し、リラは2月末をもって法的効力を失った。1998年12月31日に1ユーロ=1936.27リラという交換レートが固定された。中央銀行であるイタリア銀行は各県都に支店をもち、預金高を通じて都市銀行を統制する。ヨーロッパ域内の自由な資本の移動と通貨統合をめざすヨーロッパ共同体(現、EU)の動きにあわせて、1990年イタリアの銀行制度は大幅に変更され、公営銀行の削減、外国資本に対する規制緩和がおこなわれた。ミラノとローマが金融の中心である。主要銀行としてはEU圏1位の資本を持つウニクレディトなどがある。

貿易


1970-80年代にヨーロッパ共同体(現、EU)加盟国との貿易が増加したが、イタリアは石炭、石油などの原材料を輸入に依存しているため、貿易赤字がつづいていた。しかし、90年代初頭、リラ切り下げで、外国市場にとってイタリア製品の価格が低下したため、輸出が増加した。貿易相手国の5分の3近くはEU加盟国で、おもな輸出相手国はドイツ、フランス、アメリカ合衆国、イギリス、スペイン、輸入相手国はドイツ、フランス、オランダ、イギリス、アメリカ合衆国、スペインなどである。イタリアはヨーロッパの輸出大国の中で、ドイツに伍して輸出が成長している唯一の国である。2008年より過去7年間、ドイツは7.8%、イタリアは7.6%の割合で輸出が成長している。輸出先で成長著しいのは、南アメリカ (+79.3%)、トルコ (+35%)、OPEC諸国、ロシア、中国である。

エネルギー


イタリアはエネルギー資源の輸入国であり、ガス、石炭、石油の大部分を外国に依存している。イタリアの発電量の82%は、石油、天然ガス、石炭、亜炭をもちいた火力発電が生みだしており、13%が水力発電によるもの。イタリアは1950年代後半から原子力発電の研究開発を開始し、当時の世界原子力技術で最先端であり、1965年時点には3カ所の原子力発電所が稼動していた。しかしながらチェルノブイリ原子力発電所事故などがきっかけとなり、1987年の国民投票で原発の全面停止を決定。運転を停止する。1990年には停止中の原子力発電所の運転を再開しないことが決まった。

石油・ガス会社のEni (Eni S.p.A.) はイタリアで最も売り上げと利益の多い企業であり、スーパーメジャーの一角を占めている。もとは公営電力会社であったENELはヨーロッパ有数の規模を誇る電力会社で、地熱発電技術では100年の経験蓄積がある。

南北格差


[[File:Kép-Galleria Vittorio Emanuele II (Milan)3.jpg|thumb|right|200px|イタリア北部の世界都市ミラノは経済的に非常に豊かである。]]
{{Main|南北問題}}
イタリア経済が依然としてかかえる課題は、南部の工業化の遅れである。ミラノやトリノなどの北部は工業化が進んでいるが、南部やサルデーニャなどの島嶼部は農業や観光業や軽工業中心なので南北格差が大きい。中心工業地帯はジェノヴァなどで、工業化が遅れている南部のターラントには半官半民の製鉄所があり、第三のイタリアが新たな経済の牽引役となっている。政府による工業化育成の努力も、労働力の問題や、多くの産業がマフィアとの結びつきによって成り立っているため大企業の南部進出がはばまれるといった複雑な現実に直面している。多くの労働者が職をもとめて南部から北部へ移住しており、南北の格差はいまだに大きい。

産業


{{See also|イタリアの企業一覧}}

農業


気候、土壌、高度が変化にとんでいるため、さまざまな農作物の栽培が可能である。イタリアは世界有数のワイン生産国であり、オリーブとオリーブ・オイルの生産量も多い。酪農も主要な産業であり、ゴルゴンゾーラ、パルミジャーノ・レッジャーノをはじめ約50種類のチーズが生産される。イタリアの森林業資源はとぼしく、木材の多くを輸入にたよっている。森林はまず古代ローマ人によって、その後19世紀に大部分が伐採されてしまった。その結果土壌の浸食がすすみ、林業の発展の障害となってはいたが、近年は状況の好転がみられる。

工業


第二次世界大戦以降、工業が急速に発展し、イタリア製品は世界的な人気をえている。重要な工業に、繊維工業と、硫酸、アンモニア、水酸化ナトリウムの製造などの化学工業がある。そのほか自動車、鉄鋼、ゴム、重機械や電気機器とくに家電製品、パスタなどの食料品の製造業が盛ん。工業の中心地はジェノヴァ、ミラノ、ローマ、トリノである。

自動車


File:Fiat Panda 2005 vl blue.jpg
イタリアの経済に占める自動車産業の割合は、国内総生産の8.5%で、国内ではコンパクト・カー、エコノミー・カーが上位を占めている。エコロジカルな自動車の売れ行きが伸びている。輸出車では売上高800億ユーロ(約10兆4000億円)規模で、クライスラー、GMと提携したフィアットが知られている。
北部の都市モデナにはフィアット傘下のフェラーリやアルファ・ロメオがある。なお、フィアット・パンダは欧州における新車登録台数3万3593台(2009年3月)でEUトップとなっている。2位はフォルクスワーゲン・ポロ。

ファッション


[[File:GiorgioArmani.jpg|thumb|125px|left|ジョルジオ・アルマーニ]]
19世紀頃から近代服飾・装飾産業が発展し、20世紀から現在にかけては、服飾ブランドのベネトンやグッチ、ブルガリ、プラダ、ジョルジオ・アルマーニやジャンニ・ヴェルサーチ、ジャンフランコ・フェレ、バレンチノ、靴のサルヴァトーレ・フェラガモやトッズなどが世界各国に輸出されており、大きな外貨獲得源となっている。

工芸


イタリアは幼稚園の先端的教育方法でアトリエリスタと呼ばれる芸術的、工芸的活動の専門家を配置し、人間を育成している。バイオリンなどの楽器。ガラス細工や工芸美術品も主な産業となっている。

その他の産業


他にも伝統的に映画産業や観光産業が盛んであり、イタリア映画のみならず、イタリアを舞台にした映画が世界中で作られ公開されており、それらの映画が観光産業を後押ししていると評価されている。

マフィア


{{Main|マフィア}}
マフィアはイタリア経済と社会に多大な影響力をおよぼしている。もともと中世後期にシチリアで生まれた秘密結社で、親族組織からなり、冷酷な暴力とオメルタというきびしい掟で知られる。19世紀後半にはシチリアの田園地帯を支配し、地方当局への介入、ゆすり、市民に対するテロ活動をおこなっていた。1920年代から第二次世界大戦終結まではベニート・ムッソリーニによって弾圧される。この時代をのぞいて、マフィアはイタリアの南部を中心に、合法・非合法活動によって影響力を拡大しつづけた。また、マフィア勢力は移民とともに海外とくにアメリカにわたり、70年代までに世界のヘロイン取り引きの大部分がマフィアの支配下に入った。Confesercentiの報告書で、マフィアの総売上高は900億ユーロに相当するという。

この他、マフィア類似の犯罪組織として、コルシカ島のユニオン・コルス(コルシカ・ユニオン)に代表される「ミリュー」、ナポリの「カモッラ (Camorra)」、カラブリア州の「ヌドランゲタ (Ndrangheta)」、プッリャ州の「サクラ・コロンナ・ウニータ (Sacra Corona Unita)」、ローマの「シカーリ」などがある。

1980年代半ばに新政権がマフィアの大物たちの犯罪を告発しはじめたこと、多くの政治家とマフィアをつなぐ一連の政治スキャンダルの発覚によって、イタリアにおけるマフィアの影響力もおとろえる日がくるだろうという観測が生まれている。政府は2008年12月17日、一斉検挙で99人を逮捕した。その他、近年マフィア撲滅運動が加速しており、マフィアの重要な特徴であった頂上組織(縦割りの権力集中)が崩壊の危機にある事がベルナルド・プロヴェンツァーノの逮捕により発覚した。

交通


道路


File:Via Appia Antica, Rome, 2004.jpg
File:Rete autostradale italiana-labeled.svg
古くから地中海域の交通の要衝として栄え、古代ローマの頃には歴代執政官によって街道が整備され、それはアッピア街道のように史跡として残っているのみならず『執政官街道』と呼ばれ、現在も使用されている。ローマ帝国時代のローマは、「全ての道はローマに通ず」とさえ呼ばれた。その後のムッソリーニ時代よりアウトストラーダ (Autostrada) と呼ばれる有料高速道路網が整備されはじめた他、フィアット社のバックアップもあり高速道路網が全土に敷き詰められている。
{{Seealso|アウトストラーダ一覧}}

鉄道


File:Frecciarossa.JPG
File:Rete autostradale italiana.svg

フェッロヴィーエ・デッロ・スタートのグループ会社であるトレニタリアと呼ばれる旧国鉄 (Ferrovie dello Stato) の業務を引き継ぐ民営鉄道会社が全土を網羅し、ローマ-フィレンツェ間の高速新線(ディレティッシマ)を中心にユーロスター・イタリアと呼ばれる高速列車も多数運転されている。旧国鉄以外ではヌオーヴォ・トラスポルト・ヴィアッジャトーリ(NTV)、チルクムヴェスヴィアーナ鉄道やスッド・エスト鉄道などがある。

また、ローマ、ミラノ、ナポリなどの主要都市には地下鉄が整備されている。一部の都市では路面電車やケーブルカーが走っており、市民の足となっている。

海運


ローマ帝国時代前から地中海海域の海運の要所として重要な地であったこともあり、海運が古くから盛んである。現在も地中海クルーズの拠点とされることも多く、有名な港としてはナポリやヴェネツィア、ジェノヴァ、ブリンディジなどがある。

航空


[[File:Alitalia.md-82.i-danw.arp.jpg|thumb|left|アリタリア航空のMD-82型機]]
政府が主要株主のアリタリア航空が、イタリアのフラッグキャリアとして国内線と域内及び中長距離国際線を運航する他、イタリアを本拠地として運航を行う航空会社として、メリディアーナ航空やエアワン、エア・ドロミティなどの航空会社があり、それぞれが国内線や域内国際線を運航している。

現在、日本との間にはアリタリア航空が東京(成田国際空港)と大阪(関西国際空港)とローマとミラノの間に直行便を運航させている。

また、パリやアムステルダム、チューリヒなどのヨーロッパの主要都市や、バンコクや香港、ドバイなどのアジアの主要都市経由で行くこともできる。

国民


民族構成


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ラテン系を中心に、ケルト人、ゲルマン系、ギリシャ人などの混成民族であるイタリア人が大半であるが、長年にわたって多くの都市国家が分かれていたせいもあり、イタリア統一後も未だに各都市の国民であるという意識が残っている。またかつては都市国家同士が幾度も戦争を行っており、南北問題の遠因となっている(直接の原因は南北の経済格差)。

少数民族としては南チロルのチロル人(ドイツ系イタリア人)、南部のアルバニア人などが挙げられる。

イタリア人といえば一般的に陽気な人々が想像されるが、南と北では人々の性格に違いがあるとされる。南は一般的なイタリア人のイメージに近い陽気で享楽的な人が多く、北はドイツ人のイメージに近い寡黙で質実剛健な気質の人々が多いと言われている。また一般に地中海に面した側に住んでいるヨーロッパ人は、ヨーロッパ人と呼ばれるよりも、地中海人(メディテッラーネオ)と呼ばれることを好む。ヨーロッパ人と地中海人は物事に対する考え方、性格的に基本的な違いがあると考えられている。俗にイタリア人の男性はスケベでナンパ好きであるとマスコミなどに取り上げられる。

近年は、ヨーロッパにおける有数の移民受入国となっており、失業や貧困、治安問題、生活習慣や宗教上の軋轢など大きな社会問題を引き起こしている。2009年における、外国人人口は389万人を数え人口の 6.5%を占めている。

言語


公用語はイタリア語。そして、等語線のラ・スペツィア=リミニ線があり、この線の北西の北イタリア(西ロマニアの側)と、南東にあたる中南部のイタリア(東ロマニアの側)では言葉が異なる。東ロマニアに分類される中部イタリアのトスカーナ州の言葉を中心に標準語が形成されている。北イタリアではフランス語などに近い西ロマニアの言葉であるガロ・イタリア語を使用する。この中でもロンバルディア州の言葉はロンバルド語という。

一部の特別自治州、ヴァッレ・ダオスタ州でフランス語、トレンティーノ=アルト・アディジェ州ではドイツ語も使用する。フリウリ地方ではフリウリ語、南ティロルではラディン語という、イタリア語よりラテン語に近いレト・ロマンス語群の言葉を母語とする住民もいる。また、最南部のカラブリア州には東ローマ帝国統治下(マグナ・グラエキア)の影響を残すギリシャ語系のグリコ語の話者も存在する。
さらに、オスマン帝国時代のアルバニアからイタリア南部に定着した人々の子孫はアルバニア語の方言を母語とする。サルデーニャ島では、イタリア語系のサルデーニャ語(イタリア語の一方言とする説もある)が話される。アルゲーロではスペイン支配の影響からカタルーニャ語の方言が話される。

イタリアは歴史的に別の国に分れていた期間が長いため方言の差が激しいとされているが、そもそも言語成立の過程にも複雑な事情が絡んでいる。古代ローマで話されていた言葉(ラテン語)の俗語形である「俗ラテン語」が、ローマ消滅以降にかつての統治領(イタリア・フランス・スペインなど)ごとに統一性を失って方言化した際、イタリア各地のラテン語方言がイタリア地方特有の変化を遂げたと判断した人々が、近世になってこれらを一つの言語体系(イタリア語)と定めた事に起因する。

言語と言語の違いを研究する作業は古くから言語学の分野で行われていたが、どの程度の類似性をもって「同じ系統の言語」(方言)とするのか、或いは「異なる系統の言語」とするのかの客観的判断は殆ど不可能で、結局は個々人の価値観に頼るしかないのが現状であり、民族問題や領土主張との兼ね合いもあって政治的判断が下されるケースが多い(「言語とは軍に守られし方言である」という皮肉も存在する)。よってイタリア語も方言の集合体とするか、無数の独立言語とするかは政治的に決定され、当時の民族主義政策に基づいて方言であるとされた。近年はEU統合の流れから欧州各国で方言を地域言語と認める動きが芽生え始めており、イタリアでも方言を地域言語として承認するべきかどうか盛んに意見が重ねられている。

こうした現象はイタリアだけでなく、同じ経緯を持つ他のロマンス諸語でも発生している他、ゲルマン語派のドイツ語でも方言の尊重と権利拡大が進められている。

言語の一覧


現在、エスノローグはイタリア共和国内に以下の言語の存在を認めている。
  • イタリア語(国家公用語)
  • ガロ・イタリア語(ヴェネト州以外の北イタリア)
  • ヴェネト語(ヴェネト州)
  • ナポリ語(南イタリア)
  • シチリア語(シチリア州と南部の一部)
  • サルデーニャ語(サルデーニャ州)

宗教


[[File:Basilica di San Pietro front (MM).jpg|thumb|left|バチカン市国南東端にあるカトリック教会の総本山、サン・ピエトロ大聖堂。]]
圧倒的にキリスト教のカトリック教会(約9割)が多く、日曜のミサを欠かさないような敬虔なカトリック教徒も多い。プロテスタントは少数である。またアラブ系移民の増加により、イスラム教は近年増加傾向にある。

文化


{{Main|イタリアの文化|:en:Culture of Italy}}
北イタリアのトスカーナ地方はルネサンス発祥の地であり、また、その中心地でもあった。この影響下で数多くの芸術家が輩出され、同時に作品も制作された。詳しくはルネサンスの項を参照されたい。

また、ジュゼッペ・ヴェルディの『アイーダ』などオペラや音楽なども多く知られる。民衆音楽ではカンツォーネと呼ばれるナポリの歌謡曲が有名である。バレエも発祥の地とされる。現代においてもノーベル文学賞作家を輩出。映画においても絶えず世界的な作品を送り出している。

食文化


{{Main|イタリア料理}}
File:Espresso and napolitains.jpg

主にパスタやパンを主食とし、北部のポー川流域では米をよく食べる。北部の一部地域にはパンの代用としてトウモロコシの粉でできたポレンタを食べる地域もある。イタリア料理は地方色が強く各地方料理の集合体のようなものであり、北部はバターやチーズを多く使い、南部はトマトやオリーブオイルを多用する傾向がある。また沿岸部は魚を食べるが、内陸部はほとんど食べない、シチリア島はマグリブの食文化の影響があり、北東部はオーストリア料理やハンガリー料理など中欧に近い食文化があるなど地域色豊かである。食事にワインを合わせる習慣があり、基本的にその土地のワインを飲む。また、サラミ、ハムなどの肉製品、チーズの種類の豊富なことも特徴である。コーヒーの消費も多く、イタリア式のいれ方にはエスプレッソ、カプチーノ、カフェ・ラッテが有名。また、ヨーロッパとしては珍しくタコも食べる。イタリア料理のピザなどもある。

文学


{{Main|イタリア文学}}
[[File:Portrait de Dante.jpg|thumb|upright|ダンテ・アリギエーリ
サンドロ・ボッティチェッリ作]]

近代イタリア語の基礎はフィレンツェの詩人ダンテ・アリギエーリによって創設され、彼の偉大な作品『神曲』は中世ヨーロッパで最高の文学作品だと考えられている。イタリアはそれ以外にも祝福された文学者に不足しなかった。例を挙げるならジョヴァンニ・ボッカチオ、ジャコモ・レオパルディ、アレッサンドロ・マンゾーニ、トルクァート・タッソ、ルドヴィーコ・アリオスト、フランチェスコ・ペトラルカのような人物の名が挙げられ、彼等の最も知られた表現の媒体は彼等がイタリアで生んだソネットだった。近代の文学者であり、ノーベル文学賞受賞者には、1906年受賞の国民主義詩人ジョズエ・カルドゥッチ、1926年受賞の写実主義作家のグラツィア・デレッダ、1934年受賞の近代劇作家ルイージ・ピランデッロ、1959年受賞の詩人サルヴァトーレ・クァジモド、1975年受賞のエウジェーニオ・モンターレ、1997年受賞の風刺家かつ劇作家ダリオ・フォの名が挙げられるAll Nobel Laureates in Literature

哲学


{{Main|イタリア哲学|:en:Italian philosophy}}
{{See also|イタリア現代思想}}
ルネサンスの時代には、ジョルダーノ・ブルーノやマルシリオ・フィチーノ、ニッコロ・マキャベリ、ジャンバティスタ・ヴィコのような傑出した哲学者が現れた。

20世紀の前半において、イタリアではベネデット・クローチェやジョヴァンニ・ジェンティーレによって新ヘーゲル主義が新観念論に昇華した。ジェンティーレの哲学はファシズムの理論的支柱となった。その他にも特筆されるべき哲学者として、マルクス主義の新たな読み方を発見し、サバルタンやヘゲモニーといった概念に繋がる思想を生み出したアントニオ・グラムシや、市民社会論的にヘーゲルを読み直したジョエーレ・ソラーリが挙げられる。

20世紀後半においてはマルチチュードを新たな概念として昇華したマルチチュード学派のアントニオ・ネグリや、ホモ・サケル論で知られるジョルジョ・アガンベンなどが活躍している。

音楽


{{Main|イタリアの音楽|:en:Music of Italy}}
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現在も世界で用いられる音楽用語の多数がイタリア語であることから推察できるように、イタリアはルネサンス期以来、もっとも長い期間、西洋音楽をリードし続けた。18世紀後半のウィーン古典派の台頭、続くバッハの復権などによって主導権はドイツ圏に移ったが、ことオペラに関してのみはヴェルディ、プッチーニらの大作曲家を輩出したイタリアがなお大勢力を保ち続け、古典派まではドイツ人作曲家も大部分のオペライタリア語で作曲したこともあり、今なおオペラといえばイタリアというイメージは強い(ただし、上演数に関しては現在はドイツのほうが数倍に及ぶ)。一方で交響曲など器楽曲分野では他国にやや見劣りがする感は否めない。また、北イタリアが長くオーストリアの支配を受けたこともあって、イタリア音楽とドイツ音楽をともに得意とする演奏家が伝統的に多く育っており(逆にイタリア音楽を得意とするドイツ系演奏家はカラヤンほかごく少数である)、世界の演奏市場で重要な役割を果たしている。

美術


{{Main|イタリアの芸術|:en:Art of Italy}}
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映画


{{Main|イタリア映画}}
[[File:Federico Fellini.jpg|thumb|right|フェデリコ・フェリーニ]]

イタリア映画の歴史はリュミエール兄弟が活動写真の公開を始めてからわずか数カ月後に始まった。最初のイタリア映画は、教皇レオ13世がカメラに祝福して見せた数秒間のものだった。イタリアの映画産業は1903年から1908年の間に3つの映画会社と共に生まれた。ローマのチネス、トリノのアンブロシオ、イタラ・フィルム社がそれである。他の会社はすぐにミラノやナポリに設立された。間もなくこれら最初の会社は公正な制作力に達し、作品はすぐに外国に売られていった。映画は後にベニート・ムッソリーニによって第二次世界大戦までプロパガンダのために使われた。

戦後、イタリアの映画は広く認知され、1980年頃の芸術的な凋落まで輸出された。この時期の世界的に有名なイタリアの映画監督としては、ヴィットリオ・デ・シーカ、フェデリコ・フェリーニ、セルジオ・レオーネ、ルキノ・ヴィスコンティ、ピエル・パオロ・パゾリーニ、ミケランジェロ・アントニオーニ、ダリオ・アルジェントなどの名が挙げられる。ネオレアリスモと呼ばれる重厚な現実主義から出発し、次第に奔放華麗な前衛性を獲得、さらに残酷味を前面に出したマカロニウェスタンからホラーへと展開する娯楽映画など、その幅は驚くほど広い。お国柄を生かした歴史劇や、日本での紹介は少ないが喜劇の伝統も厚い。世界の映画史に残る作品としては、『甘い生活 (映画)』、『続・夕陽のガンマン』、『自転車泥棒 (映画)』などが挙げられる。

イタリアに関する芸術作品


音楽
  • ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲 『イタリア協奏曲』
  • フェリックス・メンデルスゾーン作曲 交響曲第4番 (メンデルスゾーン)
  • ピョートル・チャイコフスキー作曲 『イタリア奇想曲』
  • エクトル・ベルリオーズ作曲 イタリアのハロルド
  • オットリノ・レスピーギ作曲 交響詩『ローマの噴水』『ローマの松』『ローマの祭』

文学

  • ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ著 『イタリア紀行』
  • ハンス・クリスチャン・アンデルセン著 『即興詩人』

映画

  • ルキノ・ヴィスコンティ 『白夜』
  • フェデリコ・フェリーニ 『甘い生活 (映画)』
  • ヴィットリオ・デ・シーカ 『昨日・今日・明日』
  • 宮崎駿 『紅の豚』
  • オードリー・ウェルズ 『トスカーナの休日』

漫画

  • 荒木飛呂彦 『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』
  • 相田裕 『GUNSLINGER GIRL』

世界遺産


イタリア国内には、国際連合教育科学文化機関の世界遺産リストに登録された文化遺産 (世界遺産)が41件、自然遺産 (世界遺産)が2件存在し、さらにバチカン市国にまたがって1件の文化遺産が登録されている。詳細は、イタリアの世界遺産を。

祝祭日


|-
| 12月26日 || ステファノの祝日 || :it:Santo Stefano (martire) ||  
イタリアの祝祭日
日付 日本語表記 イタリア語表記 備考
1月1日 元日 :it:Capodanno  
1月6日 エピファニー :it:Epifania Befana
移動祭日 復活祭 :it:Pasqua cristiana  
移動祭日 復活祭後の月曜 :it:Lunedì dell'Angelo Lunedì di Pasqua, Pasquetta
4月25日 解放記念日 :it:Resistenza italiana 1945年
5月1日 労働祭 :it:Festa dei lavoratori  
6月2日 共和国祭 :it:Festa della Repubblica 1946年
8月15日 聖母の被昇天 :it:Ferragosto Assunzione
11月1日 諸聖人の日 :it:Ognissanti  
12月8日 聖母の無原罪の御宿りの祭日 :it:Immacolata Concezione  
12月25日 クリスマス :it:Natale  

スポーツ


{{Main|イタリアのスポーツ}}
伝統的にサッカー(カルチョ)とフォーミュラ1やミッレミリアなどのモータースポーツ、自転車競技やマリンスポーツ、バレーボールが特に盛んで、他にも北部山岳地域にコルティーナ・ダンペッツォなどのスキーリゾートが多数あることから、スキーなどのウィンタースポーツも盛んである。野球とバスケットボールというアメリカ発祥のスポーツもプロリーグもあるなど他の欧州諸国に比べて盛んで、代表チームは国際大会の常連にもなっている。最近ではシックス・ネイションズに加わってラグビーも人気が高まっている。

競馬は古代ローマ帝国時代の伝統を受け継ぐ繋駕速歩競走が盛ん。近年では2001年世界的に活躍したヴァレンヌ (競走馬)が大きな人気を博した。一方イギリス発祥の平地競走は英仏に対し相対的なレベルの低さは否めず、国内での人気はそれほどでもない。ただ、人物ではフェデリコ・テシオ、ランフランコ・デットーリ、競走馬ではリボー(伊英仏で16戦不敗)、ネアルコ等世界的名手・名馬を輩出している。特にリボーは20世紀イタリアのスポーツ選手第4位(ガゼッタ)に選ばれており、馬としては異例の高さとなった(詳細についてはイタリアの競馬を参照)。

サッカー


{{Main|イタリアのサッカー選手一覧}}
[[File:Milan - Chievo 04-2006 2.jpg|thumb|200px|ミラノのスタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ]]

カルチョと呼ばれるフィレンツェ古代サッカー発祥の地として知られ、イングランドフットボールと双璧の存在となっている。

イタリアはサッカーで今まで多くのスタープレイヤーを輩出してきた。FIFAランキング(2010年5月発表)は第5位。FIFAワールドカップにはこれまで全18回中16回出場しており、そのうち優勝4度(5度のブラジルに次いで2番目に多い)、準優勝に2度輝いている。

サッカーイタリア代表はユニフォームの青い色からアズーリと呼ばれる。カテナチオ(「鍵をかける」という意味)と呼ばれる鉄壁の守備を軸として現在に至る。近年は攻撃陣のタレントも豊富で、かつての守備だけのチームではなく、伝統の堅い守備からの素早い攻撃をするチームになりつつある。また各国からはそのプレーを「サッカーをしているというより、仕事をしている」とまで言われる。また、伝統的に綿密な戦術を重んじる傾向があり現代サッカーのフォーメーションを数々考案してきた(アリゴ・サッキ、ジョバンニ・トラパットーニ他)。

イタリアの国内リーグであるセリエA (サッカー)は世界最高峰を争う程のレベルにあり、世界中のスター選手を集めている。また、コッパ・イタリアと呼ばれるカップ戦も行われる。主なクラブチームはACミラン、ラツィオ、インテルナツィオナーレ・ミラノ、ユヴェントス、ASローマなど。これらはUEFAチャンピオンズリーグの常連でもある。2009-2010シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ 2009-10ではインテル・ミラノが優勝を果たした。

バスケットボール


{{Main2|:Category:イタリアのバスケットボール選手を}}
国内には欧州屈指の強豪リーグの一つ、セリエA (バスケットボール)と呼ばれるプロバスケットボールリーグを持つ。外国人としては史上2人目、ヨーロッパ人選手としては史上初のNBAドラフト1位指名をされた、アンドレア・バルニャーニが最も有名。バスケットボールイタリア代表はこれまでにオリンピックバスケットボール競技出場12回、バスケットボール世界選手権出場6回を誇る。2004年アテネオリンピック (2004年) におけるバスケットボール競技ではバスケットボール女子アメリカ合衆国代表の銅メダルを上回る銀メダルを獲得。バスケットボール欧州選手権(通称『ユーロバスケット』)では、1997年バスケットボール男子欧州選手権に銀メダル、1999年バスケットボール男子欧州選手権に金メダル、2003年バスケットボール男子欧州選手権に銅メダル獲得。近年、NBA選手を続々と輩出して今後も躍進が期待される。バスケットボールイタリア代表のニックネームは「Gli Azzurri」。

モータースポーツ


{{See also|:Category:イタリアのF1ドライバー}}
[[File:Schumacher (Ferrari) in practice at USGP 2005.jpg|thumb|200px|フェラーリF1マシン]]
モータースポーツの創生期から多くのレーシングドライバーを輩出してきた。近年はF1のワールドチャンピオンを獲得するドライバーこそ少ないものの、常にトップクラスのドライバーが存在している。

2輪ロードレースの世界では現在ヴァレンティーノ・ロッシがMotoGPにおいて5年連続最高峰クラスワールドチャンピオンとなっている。

自転車


世界三大ツールの一つ、ジロ・デ・イタリアを開催する、最も自転車ロードレース (自転車競技)の盛んな国の一つである。

観光


イタリアは、2009年に世界経済フォーラムが発表した「旅行・観光競争力リポート」の統計で調査対象の133ヶ国中総合28位#Travel & Tourism(2009)、ヨーロッパ圏内の調査対象42ヶ国中総合21位に付けている#Travel & Tourism(2009)。規模としては年間約4360万人以上が訪れる世界で5番目の観光大国であり#Travel & Tourism(2009)、世界最多45件の世界遺産を国内に抱える世界3位の観光インフラ、世界5位の文化資源を有する国家として、世界中の観光客を呼び寄せている。また地中海沿岸やサルデーニャなどの島嶼部は海水浴、北部のアルプスは登山やスキー、点在する湖では避暑などリゾートに適した地域も多い。

その一方豊富な観光資源にあぐらをかいた殿様商売との声もあり、観光分野における2009年の国際競争力順位では、購買力平価、税制関連、宿泊施設のレベル等の項目でいずれも低評価を受け、結果133ヶ国中130位と調査対象国中最低ランクの評価を受けている。年間にイタリアを訪れる観光客総数は2003年~2005年にかけて一時的な落ち込みを見せた以外、一貫した伸びを見せているが、かつては「日本人にとって欧州で最も人気のある旅行先」とされ、最盛期にはイタリアを訪れる観光客総数の1割近くを占めた日本人観光客の数はイタリア政府観光局の発表によると1997年の約217万人をピークに減少の一途を辿っており、2007年時点で約147万人まで落ち込んだ{{Cite web|author=南島信也|date=2009年7月18日|url=http://www.asahi.com/international/update/0718/TKY200907180084.html|title=イタリアの日本人観光客激減 「サービス悪い」指摘も|publisher=朝日新聞|language=日本語|accessdate=2010年1月17日}}{{リンク切れ|date=2011年1月}}。国際観光振興機構発表による日本人観光客の推移でも、2003年に61万1千人余りがイタリアを訪れたのに対し#統計報道発表資料(200801)、わずか2年後の2005年の統計では28万1千人余りまで急減、その後も2009年現在まで32万~28万人で推移しており#統計報道発表資料(201012)、2008年現在では日本人来訪者数でドイツ・フランスに倍以上の差をつけられる欧州3位に落ち込み凋落傾向にある

日本における観光対象国としての人気低下の一因として、2002年のユーロ導入による物価単価の上昇や、原油高による燃料サーチャージの上昇、2009年新型インフルエンザの世界的流行が行楽シーズンであるゴールデンウィークを直撃した等の外的要因に加え、レストランやタクシーで法外な料金を請求される「ぼったくり」等の影響で、「何度も訪れるリピーターが減った」と見る旅行会社もある。特にぼったくり問題に関しては、2009年6月に日本人のカップルがランチに695ユーロ(9万5714円)という法外な値段を請求されたことが地元で報じられ、イタリアの観光相が謝罪するなどした騒動が発生し、日伊双方で問題となった{{Cite web|author=土田芳孝|date=2009年7月31日|url=http://www.asahi.com/national/update/0730/TKY200907300424.html|title=伊ぼったくり被害の男性「ご招待不要、むしろ困ります」|publisher=朝日新聞|language=日本語|accessdate=2010年1月17日}}{{リンク切れ|date=2011年1月}}</ref>。また同年9月には、2008年12月に日本人男性らが出張でミラノのナイトクラブに訪れクレジットカードで支払いを行った所、帰国後の1月になって7265ユーロ(約97万円)に上る多額の引き落としがありぼったくりにあっていた事が発覚、イタリアの消費者団体が法的支援に乗り出していた事が報道されている<ref>{{Cite web|author=松浦一樹|date=2009年9月11日|url=http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20090911-OYT1T00764.htm|title=3人で飲んで97万円…イタリアで日本人また被害|publisher=読売新聞|language=日本語|accessdate=2010年1月17日}}{{リンク切れ|date=2011年1月}}</ref>。この事件を切っ掛けに悪質な観光業者の存在がイタリアでは社会問題になり、イタリア当局が「ぼったくりをしない」という誓約をした業者に対する認証制度を導入する計画が持ち上がっている<ref name="asahi20090808">{{Cite web|author=南島信也|date=2009年8月9日|url=http://www.asahi.com/international/update/0808/TKY200908080106.html|title=「ぼったくりしません」ローマの観光業界、認証制導入へ|publisher=朝日新聞|language=日本語|accessdate=2010年1月17日}}{{リンク切れ|date=2011年1月}}</ref>。

イタリア出身の人物


{{Main|イタリア人の一覧}}

参考文献


  • {{Cite journal|author=Jennifer Blanke|coauthors=Thea Chiesa|url=http://www3.weforum.org/docs/WEF_GCR_TravelTourism_Report_2009.pdf|title=The Travel & Tourism Competitiveness Report 2009|format=PDF|publisher=世界経済フォーラム|language=英語|accessdate=2011年1月16日|ref=Travel & Tourism(2009)}}
  • {{Cite journal|date=2008年2月28日|url=http://www.jnto.go.jp/jpn/downloads/080228monthly.pdf|title=統計報道発表資料(訪日外客数/出国日本人数)2008年1月推計値 07年11月暫定値|format=PDF|publisher=国際観光振興機構|language=日本語|accessdate=2011年1月16日|ref=統計報道発表資料(200801)}}
  • {{Cite journal|date=2010年12月22日|url=http://www.jnto.go.jp/jpn/downloads/101222monthly.pdf|title=統計報道発表資料(訪日外客数/出国日本人数)2010年11月推計値 10年09月暫定値|format=PDF|publisher=国際観光振興機構|language=日本語|accessdate=2011年1月16日|ref=統計報道発表資料(201012)}}
  • パンフィロ・ジェンティーレ/野上素一訳『イタリア現代史』世界思想社、1967年。

脚注


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関連項目


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  • イタリア関係記事の一覧
  • イタリアの世界遺産
  • イタリア式庭園
  • オペラ
  • :Category:イタリアの企業
  • イタリア百科事典
  • :Category:イタリアの都市


  • イタリアーノ

外部リンク


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観光

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